キミの音を聴きたくて





文化祭が終わった。




帰るときには文化祭実行委員として、そして代理ボーカルとして拍手に包まれた。



改めて、あの歌声がクラス全員に。
それどころか学校中の人に聴かれていたと思うと照れくさい。




片づけは明日行うため、今日はもう解散となった。



日々ちゃんや錦戸くん、今日仲良くなったみんなと一緒に話しながら廊下を歩く。





ちなみに、相川さんを見下していた女子ふたりは、ライブが終わった後に謝ってきた。



私に対しては、『すごい歌だった』『あんなこと言ってごめんなさい』と。



相川さんには、『可愛いから嫉妬していただけなの!』『本当に今までごめんね』と。
頭を下げて謝っていた。




その剣幕に圧倒されたのか、少し引き気味だった相川さんも『もう大丈夫だよ』と答えていた。



その後のことは知らないけれど、さっきは親しげに話していたからきっと関係は修復したんだと思う。



この文化祭を通して、少しでもクラスが一丸となれたなら。
私はそれだけでも委員を引き受けたかいがあった。



そんなことを考えている間にみんなは前へ進んでいたらしく。



「陽葵ちゃーん、早く早くー」



と呼ぶ日々ちゃんの声が聞こえた。
他のみんなも振り向いて、私を待っている。




────行かなきゃ。



彼女の方へ駆け寄ろうとすると、後ろから手首を掴まれた。




「え……?」



そこにいたのは、天音先輩。
なぜか真剣な目で私を捉えている。



どうして?
疑問だけが私の頭の中に浮かぶ。




「あ、ごめんね。
音中さんのこと、借りてもいいかな?」



そう言いながらみんなの前に歩み寄ると、私の手首をグッと掴みながら綺麗すぎる作り笑いを浮かべる。



突然の生徒会長の登場に驚いたのか、みんなは私に手を振ってそそくさと帰っていった。



「……なんですか?」



わざわざ他の人がいるときに呼び止めたということは。
本当に大切な用事があるのだろう。



今まで友達と一緒にいるときに話しかけてきたことなんて滅多になかったのに。



というか、私と知り合ったことは誰にも教えていないと思っていた。
心のどこかでそう安心しきっていた。





「お前、歌えるのか」



氷のように冷たい目。
そんな視線を向けられたことは今までにない。



一体何があったの?
何が悪いって言うの?




「……はい」



静かに答えると、天音先輩はどんどん近づいてくる。



え、何?
考えが回らないうちに、今おかれている状況を悟った。



これは、俗にいう壁ドン。
けれど甘い雰囲気なんかではなく、むしろ重い空気が流れている。



「陽葵」



「え……」




名前で呼ばれた理由はわからない。
そんなに苦しそうな表情をする理由もわからない。



でも確かに助けたいと思った。
手を差し伸べたいと思った。



それだけで、私が近づきたいと思ったことは説明がつく。
そんなに儚い彼を、守りたいと感じた。




「俺は、お前を許さない」



私が、悪いんだろうか。
あの日の言葉と、目の前にいる先輩が重なる。




────『俺の大切な人を奪ったお前を、一生許さない』




きっと、違う。
そんなわけがない。
そう思っているのに、体が動かない。



何しているの。
こんな風に固まっていたら、彼の思うツボじゃない。



ほら、早く何か言って誤魔化さなきゃ。
そうは思うけれど、体は一向に動いてくれない。



だって私は、彼のこの目を知っている。



「お前、似ているんだな。
“ お姉さん ” に」



お姉、さん……?
その言葉は、私の胸に決定的な痛みを感じさせる。



ねぇ、お願い。
やめてよ。
もうあの日のことにはフタをしたの。




「バレていないとでも思っていたか?」



ドクン、ドクン。
嫌な汗が止まらない。



これ以上、ここから先の言葉を聞いてはいけない。
一瞬で危険を察知したにも関わらず、やっぱり体は硬直している。




「天音奏汰。
この名前、忘れたとは言わせねえ」



もしかして……。
そう思っていたことが、確信に変わっていく。




そっか。
だから天音先輩も、弾かないの?




────『陽葵、助けて……っ』




「いやぁぁぁっ……!」



私の意識は、そこで途切れた。




◇◆◇



それから何があったのかは覚えていない。
気づけば自分の部屋のベッドにいた。



私、今どうして寝ていたんだろう……。
あぁ、そうだ。
天音先輩から驚愕の事実を伝えられて、失神してしまったんだ。



さっきのは、なんだったんだろう。
ただの悪夢?



それにしては、やけに現実味があった。
もしも現実だとしたら、なんて怖いんだろうか。




まだ少し頭が痛い。
フラフラする体を押さえながら、やっとのことで立ち上がる。



ふと机の上に目をやると。




〈さっきは悪かった。
ゆっくり休めよ〉




整った美しい字でそう書かれているメモを見つけた。



……やっぱり、さっきのできごとは現実だったんだ。
ただただその事実が突きつけられた気がした。



だとしたら私は、なんてひどいことを口走ってしまったんだろう。
何度知らないうちに彼を傷つけていたんだろう。



この字は。
このぶっきらぼうな言葉は。
間違いない─────天音先輩だ。




ここに彼の書き残したメモがある。
ということは、学校で倒れた私を家まで送り届けてくれた、ってこと?



私はあれほど許されないことをしてしまったのに。
どうして……。




『俺は、お前を許さない』



さっき、あんなにキッパリ言い切っていたのに。
どうしてこんなことをしたの?



私のことが嫌いなら、放っておいてくれたら良かったのに。
私のことなんて、気にかけなければ良かったのに。




少しだけ……期待してしまっていた。
彼に近づけたのではないか、と。
彼と親しくなれたのではないか、と。




意味がわからない。
どうして、こんなことしたんだろう。



答えは結局いつになっても出なかった。




◇◆◇



文化祭が終わって、今は夏休み真っ只中。




“ 今日 ” は何もかもを忘れたい日だ。
だから家にはいたくない。



私は日々ちゃんの家に遊びに来ている。




こんな風に家で遊んだりする友達なんて今までいなかったから、新しい存在に心があたたまる。



彼女の家は予想通りかわいらしく、女子らしいぬいぐるみがたくさんある。



私の部屋とは対照的で、見た人が楽しい気分になれる物ばかりだ。




でも、ここにいるのは私と日々ちゃんだけではない。




「まさか音中さんと遊べる日がくるなんて……!」



「みんな、私服かわいいねっ」



そう、文化祭で仲良くなった相川さんと月野さんも一緒だ。



相川舞優(あいかわまゆ)さん。



検索してみると、「最近人気の売れ出し中アイドル」と出てくる。



歌唱力と笑顔を武器に活動しているそう。




月野雫(つきのしずく)さん。



普段は少しおっとりしているけれど、何かに熱中すると一直線。



ちなみに、文化祭でバンドをしたいと言い出したのも彼女だ。




性格も似ていない私達の仲がこんなに深まるなんて。



しかも。




「マネージャーが気になってて……」



「私は同じクラスだよっ」



恋愛話をするなんて、誰が想像しただろうか。