もう、と口を尖らせる勢いで溜息をついたソニアは、

「どうして『姫』と呼ぶんです? クリス様は『私の我儘だ』と仰いましたよね?」
とクリスに改めて聞き直した。
「それは……」
 
 クリスの顔が瞬く間に朱に染まった。
 
 彼は、己の大きな手のひらで自分の顔を何度も擦る。その間にも益々真っ赤になり、とうとう顔を擦る手の先までにも染まってしまった。

「……秘密にしておいていただけませんか?  誰にも話したことが無いもので……」
 
 顔を擦る手を止め、恥ずかしさを隠すように背中を丸めて項垂れたクリスにソニアは、
「……? え、ええ」
と瞳を大きく開き、パチクリさせた。
 
 たっぷりと沈黙の後、クリスは赤い顔を持続させながら、ようやく口を開く。

「私の夢だったんですよ……『姫君』にお仕えするのは……」
「……ぇ、ええ、そ、それは……?」
「私が騎士になろうと決心した理由は、幼い頃に読んだ物語でしてね……。『姫をどんな困難からも守り抜く騎士』という姿に憧れたわけです。『いつか立派な騎士になって、高貴なお姫様をどんな危機が来ても追い払うんだ!』と胸に誓いまして……。そして歳月が経ち、騎士として一人立ちをしました」
 
 そこまで話して、クリスは盛大な溜息をつく。

「私が任された方はパトリス王だったのです。そして次は王妃……。不満があった訳ではありません、むしろ名誉なことだと思っております。幼い頃の夢を叶えないままに過ごしていくうちに、忘れていったのですが――ソニア様の婚約者、本当は秘密の護衛という役割を与えられて、貴女に会った時に……その昔の夢を思い出してしまいまして……」
 
 また、たっぷりと沈黙があった後、ぽそりとクリスが言った。

「……はっちゃけました……すいません」
 
 ポカンとソニアの口が開く。
 
 そんな理由だと想像つかなかった。

「本当に私の我儘にソニア様を振り回してしまって……! そんなに姫と呼ばれるのが嫌だったなんて――いや、本当に申し訳ない!」
「……クリス様にとって、私はまだ子供に見られているのかと……。それで『姫』と呼んでいるのかと悩んで……」
「いえ! ソニア様の幼少のお姿を私は拝見して存じていますよ? その時に比べたら数段も大人になって、可憐になっていて……小さい頃に夢に描いていた姫に似ていて……嬉しくなってしまいまして……」
 
 二度目のたっぷりとした沈黙。