「わたし……仕事に戻るね」

 セィシェルを押し退け、踵を返すと逃げる様に酒場(バル)の中へ早足で戻った。

「待てよ! 俺も戻るって……スズ!! おい、変態! スズはあんたなんかに絶っっ対渡さないからなっ!」

 セィシェルが後ろで何か叫ぶもスズランの耳には届かなかった。

 ───最初から分かっていた筈だ。
 いつ店に来ても直ぐに人に囲まれる。いつだって綺麗な女性ばかり周りに集まる。そんなライアをいつも密かに目で追っていた。
 少し低くて耳に心地の良い声……。
 誰もが好きになりそうな甘い笑顔……。
 その笑顔をスズランに向けてはくれないのは、ライアの視線に気付かないふりをし続けた結果なのだろう。時おり交わる視線を自ら頑なに逸らし続けたのだ。要は嫌われてしまったに違いない。
 それなのに一体どういうつもりなのだろう。突然、口づけをするなんて……。からかっているのならばやめてほしい。先程の言葉で年下の自分は相手にされていないと、もう十分に思い知らされた。
 しかし一度熱く動き出した胸の鼓動は一向に治まらない。上気した頬の赤みも引いてはくれず、耐えかねた瞳からはついに涙が零れ落ちた───。

(どうして……)