「おう。頼む……てかもう寝るんだろ? 明日も早く起きんのか?」

「うん。店のお掃除はわたしに任せて!」

「無理はすんなよ…」

「セィシェルとマスターこそ、あんまり無理しちゃだめなんだからね?」

「っ…分かってる。じゃあ俺は戻るからな! スズはもうベッドに入れ」

「はぁい」

 素直に返事をしてベッドに潜り込む。
 セィシェルは背を向けて扉の取手に手をかけたまま小さく挨拶を口にした。

「おやすみ…」

「あ……ねえ、セィシェル。やっぱりもう昔みたいにしてくれないの?」

「ばっ、馬鹿か!! 何言って……もうぜってえにしないって前にも言っただろ!」

「ばかじゃないもん! 言ってみただけだもん」

 スズランが十歳になる迄、二人は同じベッドで眠っていた。幼いスズランが夜に不安がり泣きべそをかく度、安心させようと不器用にあやしては優しく抱きしめてくれたのを今でも覚えている。
 本気で言った訳では無いのだがセィシェルがこの時間に部屋まで尋ねてくるのは久々だった為、興味本位で聞いてみただけだった。

「っ…いつまでお子様なんだよ、ったく。早く寝ろ、じゃあな」

「おやすみなさぁい…」

 セィシェルが部屋を出た後、照明を落とす。心地の良い闇に包まれると途端に眠気が舞い降りた。
 明日も今日と同様、仕事に尽力するつもりだ。色々と考えたい事があった様な気もするが一度舞い降りた睡魔には抗えず、瞳を閉じた次の瞬間には眠りに落ちていた。

 思えばこの時はまだ何も知らなかった。

 明くる日から始まる〝猛攻(もうこう)
 ()れによって本日セィシェルと交わした約束を破らずにいる事が如何に困難かを───。