「早く大人になりたいな…」

　常々思っている事をぽつりと小さく呟いた。
　それにしてもセィシェルは何故あんなにも頑(かたく)なにあの客を嫌うのだろう……。過去に何かあったとしてもスズランは何も覚えていない上、今日だって特に何かをされた訳ではない。それとも他に何か理由でもあるのだろうか。

「もう……何でこんなにもやもやするのかな…」

　どうしてか何をしていてもずっとあの客の事ばかりが頭から離れなかった。
　湯を浴び終えて寝支度を整えるため屋根裏の自室に上がり、一息つく。すると部屋の扉が控えめに叩かれた。

「スズ？　俺だけど……入っていいか？」

　何処か普段よりも遠慮がちな声のセィシェルに明るく返事を返す。

「どうぞ！」

「も、もう寝る感じか…？　っておい、まだ髪濡れてんじゃあねぇか！」

　やはり何処と無く気まずそうに入室したセィシェルだが、スズランの濡れた髪を確認するなり眉を釣り上げた。

「今から乾かすの！」

「それじゃあ時間かかるだろ、ほら。俺が乾かしてやるからそこ座れ。ったく」

　半ば強引に鏡台の前に座らせ、風邪でも引いたらどうするんだ…と文句を言いながらセィシェルはそっとスズランの髪に触れた。