「───小フリュイ公国出身の、スズラン・フルールと申します。アーサ様、どうぞよろしく、お願いします…」

 たったそれだけの短い自己紹介。
 もう少しマシな事を言えないのかと思ったが緊張に声が震えてしまい、それしか口が開かなかった。深く頭を下げたものの、顔を上げる頃合が分からずきっかけを逃す。

「……顔をあげて…?」

(あ…、ライアの……声だ…)

 少し低めの落ち着いた声は、暖かな陽の光の如くスズランの硬直した身体を溶かす。どうにか上半身を起こして視線を上げた瞬間、瑠璃色(るりいろ)の瞳に捕らわれた。いつもよりも深く澄みきった煌めく双眸。心の奥が暴かれてしまいそうなのに逃れられない。

「……アーサ、様…」

 いつもの様に〝ライア〟と呼んではいけないのかもしれない。先程リーナに指摘されてから分からなくなってしまった。それでも皆がそう呼ぶのに倣い、彼の名を口にした。

「綺麗だ。スズラン…」

 緊張に震える右手を優しくすくい取られる。ライアはそのまま手の甲に優しく口づけを落とした。

「…っ!!」

 広間全体がどよめき様々な声が飛び交うが、それどころではなかった。つい先程まで感じていた緊張と不安が瞬時に消えてしまったのだ。