忘れかけていた。

 まだ誰も起きていない静寂(せいじゃく)の中を楽しげに囀る小鳥たち。心地よい風が通り抜けて樹々がざわめく。

 麗らかで柔らかい陽の光が好きだった。
 いつも通り蒼く澄んだ空に次々と洗濯物を干してくのも大好きだ。

 久しぶりに顔を見せた太陽の光は冷えたスズランの心を穏やかに塗り替えてゆく。

(そうだ。わたし……)

 あの人の、ライアの笑顔が好き。
 お日様の光みたいにきらきら眩しいその笑顔を向けられたらきっと誰もが好きになってしまうだろう。いつかわたしにも微笑んでほしい。
 あの瑠璃色(るりいろ)の瞳で見つめてほしい。少し低くて耳に心地の良いあの声で囁かれたら……。
 あなたの事をもっと知りたい。
 もっと(そば)に行きたい。なんでもいいの、何かあなたの役に立ちたい。
 わたしにできる事。
 わたしにしかできない事って何だろう・・・──

 ぽかぽかとあたたかな陽気にざわめく風。次第に目を覚ます森。

 聴覚が研ぎ澄まされる中、何の前触れもなく部屋の小さなテラスの扉がことりと音を立てた。また風の悪戯だろうとスズランは瞳を伏せたまま短く息を吐く。
 しかしその直後部屋の空気がふわりと動いた。