薄暗い森の中、悲痛に満ちたライアの顔が視界に入る。どうしてライアまでそんな顔をするのだろう。まるで深く傷ついた様な…。
 もう何が正しいのかスズランには判断出来なくなっていた。

「わたし、もう戻らないと…っ! 失礼いたします…」

 震えそうになる声を必死に堪える。
 無言で立ち尽くすライアから逃げる様に酒場(バル)へと引き返した───。

 自室のベッドに荒々しく身を投げ出して膝を抱えて蹲る。苦しい。息が出来ない……。
 意識しなければ呼吸もままならい。このまま何も考えずに大声で泣きたかったが、泣く資格などない。スズランは更に身を縮こませ、唇を噛み締めた。

「……バカ、力抜けよ。そんなに強く噛んだら切れて怪我するぞ」

 突如声がかけられ、同時にベッドが沈み込む。

「っ…セィ、シェル…。なんで…」

 いつセィシェルが部屋に入って来たのか気づけなかった。ベッドの縁に座りそっと背中をさするセィシェルに一瞬身を強ばらせたが、次第に呼吸が楽になってくる。

「いいからほら、深呼吸しろ。もう何もしねぇから」

「ご、ごめんなさい……わたし」

「謝るなって言ったろ。でも…、良かった」

「え…?」

「正直、戻って来ないと思ってたから。だけど、分かってるだろ? あいつと俺たちじゃあ生きる世界が違うんだ。身分の違いなんかでスズが傷付くなんてのは許さねえ……でもここに、傍に居るならお前は絶対に俺が守るから…! 何があってもここがお前の家だ、それだけは変わらないからな!」

「……うん。ありがとう、セィシェル…」

 急に涙が溢れ出した。
 ユージーンやセィシェルに頼って甘えてばかりの自分。まだまだ半人前で仕事も満足にこなせていない自分。どうやっても届かない身分違いの恋なのにどうしても捨てきれない身勝手な想い。
 全てが中途半端で情けなくて───。
 スズランはセィシェルに背を向け枕に顔を埋めると声もなく肩を震わせた。





  ⌘ 連なる片時の果てに ⌘   終