心臓が不安定に波を打つ。
 反射的にセィシェルを押し返し両手で唇を抑える。

「……行くなよ…。俺の事嫌いになっても構わないから。もう絶対に黙って居なくなったりするな。頼むから…」

「わ、わたし…っ」

 痛い程に伝わってくるセィシェルの想い。堪らず逃げる様に裏庭へと飛び出した。

「おいっスズ! 俺、ここで待ってるからな…!! 絶対に……俺は…、からっ…、必ず…」

 背後に届く声がどんどん小さくなる。足が勝手に王宮の森へと向かう。喉の奥が酷く焼け付く。
 辿り着いた場所はやはり王宮の横庭。だが小川の石橋の上で足を止めた。橋の欄干に手をついて上がった息を整えたが心臓の鼓動はおさまる所か激しさを増す。

「ど、どうしよう…。ここへ来たって、ライアに会えるわけじゃ、ないのに…っ」

 大体どんな顔をして会えば良いのか。先程知ったライアの正体とセィシェルの性急な口づけ。この二つがぶつかり合って上手く思考が働かない。久しぶりに大好きな場所へと来れたのにちっとも嬉しくなかった。

「帰らなきゃ…」

 ライアがこの国の王子───。
 明確に言われてしまえばもうそうとしか思えない。頭の隅で妙に納得している自分がいた。