───夕暮れ時、突然に降り出した大雨。
スズランは酒場の裏庭でいつもの様に片付けをしていた。土砂降りになりつつある雨と格闘しながら、あと一息なので終わらせてしまおうと懸命に身体を動かした。そうしていれば何も考えずに済んだ。大粒の雨の中黙々と作業する。あれから酷い目眩に見舞われる事も、変に息苦しい事もない。
しかし、ライアが最後にかけてくれた癒しの術を思い出すと未だにあの甘い快楽が蘇りスズランは息を震わせた。
「だ、だめ…! 気を抜くとすぐ考えちゃう。あと少しなんだから集中しなくちゃ…」
余計な思考を追いやる様に頭を左右に振り、必死に裏庭を片付けてゆく。その時だった。不意に裏口の扉が勢い良く開く。
「っ…スズラン!!」
振り向くよりも先に声高に名を呼ばれ、一瞬のうちに抱きしめられていた。
「きゃ…っ!」
あまりに突然の出来事に驚き、掴んでいた空き瓶が手から滑り落ちるが不思議と瓶は割れずに地面へと着地した。
力強く抱きしめてくる腕。だが呼吸は激しく乱れており、とても苦しそうに肩が上下している。
「……ょ か、、た…っ!」
少し低めの、耳に心地の良い声がスズランの鼓膜を揺らした。