以前、酒場(バル)の裏で指の怪我を治療してくれた時だ。まだ少し目の前がちかちかとするが、あの時同様身体の不調が嘘の様に改善された。

「また、助けてくれたの…? どうして?」

 表情を険しくしたライアは問には答えず、厳しい口調でスズランを突き放す。

「……お前さ、子供(ガキ)なんだから早く寝ろよ」

「うん…。そうするね」

「っ…!」

 素直に言葉を返すとライアは困惑したかの様な反応をみせた。

(伝えるならもう今しかないよね…)
「ライア……いつも助けてくれて、ありがとう…」

 やっとの事で喉に支えていた言葉を口にする事ができた。
 本当はもっと早く伝えたかった。
 本当はあの素敵な笑顔を自分にも向けて欲しかった。本当は……。
 スズランは大好きな瑠璃色(るりいろ)の瞳を覗き込んで柔らかく微笑んだ。
 一瞬。ライアの顔に赤みが刺した様に見えた。だが、即座に立ち上がりくるりと背を向けてしまった為真相は分からない。そしてそのまま足早に酒場(バル)から出ていってしまった。

(行っちゃった…、でも言えてよかった……)

「何だよあいつ…。訳わかんねぇ事しやがって! おととい来やがれってんだ!!」

 セィシェルはライアが立ち去ってもなお悪態をついている。それでも何とか言葉を伝える事ができたスズランは切なさを胸に秘めたまま安堵の溜息を吐く。

 真っ直ぐな思いを自ら断ち切る様に、固く瞳を閉じて───。