あっという間に私の目の前まで接近した善兄は、私の反応で答えを察したようで、残念そうに眉尻を下げた。
「忘れちゃったの?」
「善兄の存在も忘れたいよ」
「忘れないでよ。ほら、思い出して?」
「やだ」
自然を装って私を抱きしめようとした善兄を、全力で押し返す。
さりげなく抱きしめようとするな。気持ち悪い。
2人きりの時間は、何よりの地獄。
まるで、あの時を想起させる。
南にある廃校の教室に監禁された、あの時のことを。
私を鎖で縛り付けて、2人しかいない空間に閉じ込めた犯人は――幼い頃からずっと兄のように慕っていた、善兄だった。
あの時から、私は。
善兄のことが、大嫌いになったんだ。
「僕は一時も、忘れたことはなかったよ」
「触るな、悪魔!!」
善兄は私の暴言を無視して、私の右頬を優しく撫でた。
鳥肌が立つ。
善兄の手を引き剥がそうとしても、私の力じゃびくともしない。こんなことなら、夏休みに筋トレしておくんだった。ちくしょう。