ぎゅっ と抱きしめられているせいかさらに暑さが増す。




「もう行きますね」



そっと離れる腕。




「….うん」


「また明日学校でね。

おやすみ」


「おやすみなさい、また明日」




ヒラヒラと手を振る。


どんどん、小さくなる悠人くんの後ろ姿。



あーあ、行っちゃった…まだもうちょっと一緒に居たかったのになぁ。


なんて、言えないや。




そんな事を思いながら家に入った。



















「 ん? あれって花?

さっきの…花の男か?」




あたしが入ったドアの向かいで、誰かがそんな事を呟いていたーー。













次の日の朝、なぜだか学校が騒がしく感じた。



今日は悠人くんとは別々の登校。


最近は、一緒に行ったり帰ったりするのはたまーにだ。




「悠人くんおはよう。
今日は早いんだね」



わざと嫌味っぽく憎たらしく言った。



だって教室に入るとあたしと一緒に登校せず、ちゃっかり早くに席着いてまた難しい本を読んでいるんだもん。




「何か怒ってるんですか?」


「んー?べっつにぃ〜」


悠人くんはそういう人。
あたしから連絡しないとなんだけどね…



ふいっ と顔を背けて自分の席に座る。


面白そうだから、わざと怒ったふりをしてみる。




「花さん」



え?花”さん”?




「さん?」


「え?」


「昨日は花って呼んでくれたのに…なんだか急に他人みたい」




これもわざと。


昨日だって、ちょこちょこ”一ノ瀬さん”に言い方戻っていた。


さすがに分かる。悠人くんの事だから、まだ呼び捨てにするのが違和感なんだろう。













「すみません。
…その、まだ慣れなくて。やっぱりまだ一ノ瀬さんの方が言いやすいです」



申し訳なさそうに下を向く悠人くん。


ふふっ、可愛い。





「なにニヤニヤしてるんです」


「へっ?」



急いで口元を手で覆った。




「なるほど、
僕をからかって面白がってたんですね」


「や、違うの!
あのっ、いやっ、違わないか!あーーーーー違う違う違う本当に!!」


「……」


「ご、ごめんなさぃぃ」


「ふっ、後で覚えておいて下さい」




はぁーぁ、いつもこれだ。

悠人くんにはかなわない。




ーーー”後で覚えておいて下さい”



えっ、



「はっ!なにする気!
なにする気なのよ!悠人くん!ちょっとーーっ!聞いてんの?!」



スタスタと歩き教室を出て行く悠人くん。



「バーカ」



そう口パクで言ってニヤリと笑う。


え…


ボッ と顔が赤くなる。














「なーに赤くなってんのよ!」



バシッと私の頭を叩くのは杏。



「それより花!大ニュース」


「大ニュース?」



目をキラッキラに輝かせる。



「うん!このクラスに転校生来るみたいだよ!しかも…めっちゃイケメン!」


「え!!!このクラス?!」



イケメンですと?!


って喜んじゃダメダメ。



「イケメンだろうが、あたしには悠人くんが1番かっこいいんだもん」


「はーぁ?
瀧くん正直どこがかっこいいのか分かんないし」



ーーなっ!



「前髪切ってコンタクトにしたらとてつもなくかっこいいんだから!!」





…すると、



「じゃあカッコよくなって明日来ましょうか?いいんですか?一ノ瀬さん、みーーーんな僕を見ますよ?」




あれ、図書室に行ったんじゃ…















ニヤリと上からあたしを見下ろす。



「え、瀧くんってこんな感じなの?」



目が点になる杏。


たまに出るんだよなあ、ちょっと意地悪な悠人くん。




「でっ、でもダメ!」



悠人くんがかっこいいのバレたらあたしが困る。



すると、チャイムが鳴り一斉にみんな席につく。




ガラガラっと教室の扉が開き、先生と転校生らしき人が入ってきた。




ドッ と騒がしくなる教室内。














「今日からこのクラスの仲間になる、中本壮介 (ナカモトソウスケ)くんだ。みんな、仲良くするように」




先生が坦々とその噂の転校生を紹介する。

周りはと言えば、



「かっこいい!!!」「イケメンなんだけど」

やら騒いでいる。



「じゃあ中本くんからも一言」



…ん?



「中本壮介です。宜しく」




中本…壮介…?



ずっと下を向いていた顔を転校生の方に向けると、


バチッ と目が合った。



「え、うそ…壮ちゃん?」





え、え、なんでーーーーー?!?!



















「やっと気づいたか、花」


そう言ってニカッと笑う中本壮介こと壮ちゃん。



そう、あたしの幼馴染み。


でも何で?!


中学入学と同時に親の転勤で北海道に行ってたはずなのに。




「知り合いなのか?なら丁度いいな、中本はじゃあ一ノ瀬の後ろの席な」



まってまってまって、まだ色々と頭が整理出来てない。

何で壮ちゃんがここに?



「知り合いですか?」



えっ、

悠人くんがあたしとは目線を合わせずそう聞く。




「あ…うん、幼馴染み」


「へぇ…」




会話はそれっきりで終わってしまった。
















休み時間になるともちろん杏と和含め色んな女子からも質問攻め。




「まさか中本くんと花が幼馴染みだったとはね〜いいな〜イケメン幼馴染み」



杏の周りにお花畑が…

あなたには癒し系彼氏がいるじゃないの。



「つか俺でも知らなかったわ。お前に幼馴染みいたってこと」



和とは中学からだからね。



「知らなくて当然だよ。
壮ちゃんは中学入学と同時に北海道に転校しちゃったんだもん」



そんな話しをしてる間も、壮ちゃんは女子に囲まれてて大変そうだ。











なーによ…

今じゃ背はあたしより高くなっちゃって。


小学生の時はあたしより全然低くてもっと可愛いくて、

壮ちゃんのくせに髪の毛いじっちゃってさ。



「僕、図書室行ってきます」


「うん、分かった」



また難しそうな本を持って図書室に行ってしまった。



…あたしも行こうかなっ

悠人くんを脅かしてやる。