次の日、午後一時三十分を回ると、彼女がいつものように颯爽と入って来た。


「いらっしゃいませ」
 の僕の声が一段と響いた。


 彼女はいつものように、笑顔を向け総合窓口の手続きが済むと、僕の窓口へやってきた。

「どうぞお掛け下さい」
 僕の声がいつもより上ずっていた。

「これでいいですか?」

 彼女は椅子に座ると、カード申請の書類を出した。

「見せて頂きます」

 僕は書類を確認し、日付の記入漏れを見つけた。

「こちらに日付をお願いします」

 僕は自分のボールペンを彼女に渡した。

「すみません。気付かなかった……」

 彼女がボールペンを受け取る手と僕の手がかすかに触れた。
 僕の胸は益々高鳴った。

「これでいいですか?」

 彼女は日付の記入をした。


「はい。大丈夫です。あの…… 飛行機って、何処かへ行かれるんですか?」

 僕は神野のアドバイス通りの会話を必至に口にした。


「ええ。今度、友達とグアムに行くんです」


「それはいいですね。それなら早くクレジットカード作らないといけないですね」


「そうなんです。助かりました。ありがとうございます」

「そんな…… こんな事位しか出来なくてすみません……」

 何故か僕はとんちんかんに謝ってしまった。


「ええ―。とんでもない」

 彼女も恐縮してしまった。

 まずい、何をやっているんだ、僕は……


「グアムですか? 僕達も去年社員旅行で行ったんですよ」

 神野が慌てて会話を戻しに加わった。


 そうだ、何故そっちの会話へ持って行かなかったんだ。僕はバカだ。

「そうだったんですか? 私、夏樹って名前のせいか冬が苦手で、この時期になると暖かい所が恋しくなるんです」

「どちらにお泊りになるんですか?」
 神野が聞いた。

「ニッコーです。海で泳ぐのが楽しみで……」

 彼女はグアムの話に身を乗り出した。

 神野がチャンスとばかりに僕を見る。


「日焼けして真っ赤になっちゃって大変でしたよ。日焼け止め忘れないで下さい」

 僕はこの発言が正しいのか分からないが、とにかく必死だった。

「はい! 気を付けます」

 彼女は笑顔で席を立った。

 僕は彼女に頭を下げた。


「先輩、もう少し気の利いた事言えなかったんですか? 僕達だってニッコーに泊まったじゃないですか?」
 
 神野が白い目で僕を見た。


 それでも僕は、彼女の使ったボールペンをそっと胸の内ポケットにしまい、誰にも触らせない僕の宝物だと決めた。

きっと、神谷に見つかったら、気持ち悪いと言われそうだが、そんな事は関係ない。