もうすぐ彼女が出発ゲートへ向かう時間だ。


 彼女がロビーの椅子から立ち上がった。

 僕も後に続いた。


「僕は、あなたを待っています。もし、あなたから連絡があれば、必ず迎えに来ますから」


「はい。あっ。私、日本の携帯電話は解約したので繋がりません」

 彼女のこの何気ない行動が、僕と彼女の運命を大きく変えてしまう事に、この時は気付いていなかった。


「じゃあ、僕の連絡先は?」

「ちゃんと控えてありますから、大丈夫です」
 彼女は笑顔を見せた。


 僕は別れが惜しく、咄嗟に彼女の手の腕を掴んでしまった。

 細くて柔らかい彼女の腕に、僕の胸の真ん中が苦しいと訴えていた。


「一度でいいです。無事に着いたら必ず連絡下さい。知らない国です、危ない所には絶対に行かないで下さい」


「はい。分かりました」
 彼女は笑顔で肯いた。


「夜は一人で歩いてはダメです。悪い人に連れて行かれちゃいますから……」

 僕は最後まで、こんな事しか言えない自分が不甲斐なかった。


 すると、彼女はすっと僕の耳元に近づいた。


「都会には悪い女が沢山います。連れて行かれちゃダメですよ!」

 彼女はそう囁くと、僕の頬に軽く唇を当てた。

 言うまでも無いが、僕は放心状態だ……