世の中と言うのは、こんな僕にでさえ決断の危機を与えるのだと知った。



 僕はいつもの様に銀行の社員出入口から入いる。

 だが、今朝は新しいスーツを、挨拶と共に皆が褒めてくれる。

 勿論悪い気はしない。

 思わず「彼女の見立てで……」と言ってしまいたくなる。


「おはようございます。雨宮さんの見立てですか?」
 
 後ろから声を掛けて来たのは神谷だ。


「まあ…… わかるか?」
 僕は照れながらいった。


「そりゃ解りますよ。海先輩のデレデレした顔見てれば…… でも先輩、今までのスーツが合って無かったんですからね。特別格好良くなった訳じゃないですよ。あくまでも普通です」

「おい! お前、甘い顔して結構キツイ事言うよな」

 僕はため息を着いた。


「そうですか? 雨宮さんだって、先輩の変なスーツを見兼ねたんじゃないですか? 僕は浮かれた先輩が後で傷ついて、前の姿に戻ってしまうのが心配なだけです。ショックの痛手が少くないように気を使っているんですけどね……」
 
 神谷がワザとらしく眉間に皺を寄せた。

「僕は、ありがとう、ってお前にお礼を言えばいいのか?」

 僕は神谷を軽く睨んだ。


「ところで先輩、雨宮さんがスーツ選んでどう思ったんですか? 自分が今までと変わった姿になる分けで…… ウザいとかお節介に感じたりしないんですか?」


「えっ? 別に彼女の行動が僕を悪い方に変えて行く訳じゃないし。どちらかと言えばいい方に変わって行く…… 楽しいよ。一緒にいて、もっともっと、僕にお節介焼いて欲しいよ……」


「先輩、本気で雨宮さんの事好きなんですね」


 神谷の言葉が僕の心の中に響いて、しばらく消えなかった。