しばらくして、又、約束手形の一覧を渡す日が来た。

 僕は早めに昼休みを切り上げ、準備を始めた。
 午後一時三十分を少し回ると、いつものように颯爽と彼女が入って来た。


 「いらっしゃいませ」の声が響き渡る。

 気のせいかもしれないが、彼女が来た時だけ、「いらっしゃいませ」の声に張りがあり、辺りが明るくなる気がする。

 彼女は総合窓口の手続きを始めた。


 次は僕の番だ…… 

 僕がカウントダウンを始めた時だった、僕の前にどこかの社長である老人が座った。


「融資の件で相談があるんだが……」

 老人は長々と話出した。


 彼女が融資の窓口へ近づいて来た。


 老人が居る事に彼女は気が付き、少し離れた場所で待っている。

 
 昼休みから戻った後輩の、神野優斗(かみのゆうと)二十八歳、学生時代バレーボールをやっていたらしく、背も高くなかなかのイケメンだ。

 神野は彼女に気付き、自分の窓口へ促した。


「沖田建築ですけど、手形の一覧を頂きたいのですが……」

 彼女は僕へ向けるはずの笑顔を神野に向けた。


 神野は僕のサイド机の上から、沖田建築への封筒を見つけ持って行ってしまった。僕は老人の話どころでは無く、隣りに座った彼女が気になって仕方なかった。


「すみません。海原、接客中でして。こちらでよろしいでしょうか?」

 神野が袋から書類を出した。


「はい、ありがとうございます」

 彼女は書類を鞄にしまった。


「今日は寒いですね。外はどうですか?」

 神野が彼女に声を掛けたのだ。


「雪が少し舞っていますよ。まだ十二月に入ったばかりなのに」

 彼女はクビを竦めた。


「これから、益々寒くなりますからね」

 神野もイケメン面で彼女に返す。


「私、冬は十分満喫したのでもういいです。早く春にならないですかね?」

「え―。これからが冬本番ですよ」

「あ―。やっぱり」

 彼女の言葉に、神野が笑い出した。

 彼女も笑いながら席を立っていった。


 僕は彼女がこんな冗談言いう事を知った嬉しさと、何故、今まで天気の話ぐらい出来なかったのかと、自分が情けなく、背の高いイケメンの神野がうらやましかった。


 彼女が帰り、やっと僕は老人の融資の話が頭に入って来た。