僕は三時のシャッターが下りると、体の中から筋肉も内蔵も溶けだしてしまうじゃないか 思うような脱力感に覆われた。

 休憩室に入り崩れるように椅子に腰を下ろした。


「海先輩…… 大丈夫ですか?」

 神野が缶コーヒーを僕に差し出した。

「ああ……」
 
 僕は缶コーヒーを受け取った。


「さすがに今日の事は、きつかったですよね?」

「…………」
 僕は言葉を返せなかった。


「先輩。落ち込んでいる時に輪を掛けるようですけど、はっきり言っていいですか?」

「なんだ?」

 僕はもう何でもいいと思った。

「先輩! 後輩の僕が言うのもおかしいですが、もっときちんと仕事して下さい」

「えっ」

 僕は驚いて神谷を見た。

「先輩は俺なんかより、ずっと頭もいいし、レベルの高い大学だって出ているじゃないですか? もっと真剣に仕事すれば、いい結果を出せるはずですよ。今日のミスだっていい加減な仕事をしていた事が原因なんじゃないですか? 少なくとも山下さんは仕事に対して真剣な人です。だから、こんなミスが許せないですよ。」


 神谷コヒーの缶の蓋を開け一口飲んで、話を続けた。


「俺は、運動ばっかりやっていたから、就職で銀行に入るのに、めちゃくちゃ大変だったんですよ。だから、入社してからも、皆に負けちゃいけないと思って必至でやってきたんです。」


「…………」


「それに俺、結婚したいと思っている子が居て、彼女を幸せにする為にも、俺は仕事で成果を出したいんです。なのに、横でいい加減な仕事している先輩見ていると、苛立つんですよ……」


「神谷……」


「すみません…… でも、先輩が彼女を本気で好きなら、まずは自分を何とかしなきゃダメなんじゃないですか? 今の先輩は、もし彼女が振り向いたとしても、彼女を幸せに出来ますか? 男なら、好きな人幸せにしたいと思いませんか? 先輩は英語だって話せるし、出世だって狙えるのに……」


「神谷…… お前ってそんなに真剣に色々考えていたんだな…… 僕はてっきり、イケメンでチャラチャラしている奴かと思っていた……」


「先輩、酷いですね…… 今まで俺の何処を見ていたんですか? まあイケメンは合っていますけど」
 神谷は膨れた。

「すまん……」
 僕はコーヒーを握ったまま、下を向いた。


「先輩、俺行きますね」
 神谷は立ち上がった。


「神谷…… ありがとう」

「いいえ。俺、先輩の事好きですから」

「僕も、お前はカッコいい奴だと思うよ」

「そういう意味じゃないですから……」
 神谷は嫌そうな顔を僕に向けた。


「僕だって、そういう意味じゃないよ」
 僕はふっと笑った。

 神谷も笑って仕事へ向かった。


 確かに僕は今まで、なんとなく就職して仕事をしてきた。
 仕事が楽しいと思った事もないし、ましてや、やってやろうなんて意欲など無かった。
 それでも、まあまあの給料もらえる事に、不満も無く来てしまったのだ。
 

 神谷の言葉が頭の中に浮かぶ…… 

 好きな人を幸せに、か…… 

 僕は今まで考えた事も無かった。

 彼女が颯爽と歩き、振り向く笑顔が目に浮かんだ。

 僕は立ち上がり仕事へ戻った。