「そんなこと、わからないじゃない…っ」

「俺にはわかりますよ。既婚者の男はたとえ愛人がいたって、結局奥さんが一番なんですよ。ばれそうになったら松岡さんなんてすぐに捨てられる。呆気ないくらいに簡単に」

圭介さんは、そんなひとじゃない。
そんなことしないっ!

「あんたなんかに圭介さんの何がわかるのよ!なにも知らないくせに勝手なこと言わないでよ!」

エレベーターの扉が開いた瞬間、私はすぐさま飛び出した。

何なのあの男。
初対面で何であんなこと言われなきゃいけないの!?

私は玄関の扉を閉めて、そのまま崩れ落ちる。
涙が頬を伝いぽたぽたと落ちて、スカートに滲んでいく。

「私のこと…捨てたりなんてしないよね?圭介さん…」

私はしばらくその場から動けず、声を殺して泣いた。
そこに鞄の中の携帯がぶるっと震える。
涙をぬぐい手にした携帯の画面には、圭介さんからのメッセージ。

”ごめん今日行けなくなった”

私は携帯を地面に落とし、部屋の暗闇に紛れて泣き続けた。