目の前の人にゆっくりと近づく。

この人は白衣がとってもよく似合っている。

この人のこの姿をもう見れなくなるんだ。
たまに遊びにくれば別だろうけれど、今までみたいに毎日のように見ることもできなくなるんだって思うと、鼻の奥がツンとする。

だけど、私たちに涙は似合わないから、笑っていよう。
笑って笑って笑って、そして大好きなこの人の笑顔を焼きつけるんだ。


「よかったな、卒業できて」
「ホントだよー、最後まで化学には泣かされたけどね」
「だよなー。ホントバカだよな、お前は。苦手な理系にすすんで大学は文系なのは解せないけどな」
「ハイハイ、そのコトバはもう聞き飽きました」

私たちは顔を見合わせて笑った。


この人が化学専攻だったから、二年からの文理別のクラス選択は苦手だった理系コースに進んだ。

やっぱり理系科目は最後まで大の苦手で文系科目が大の得意で、将来なりたい仕事も文系。
だから、大学は文系学部に進学する。

自分でもバカだなってわかってる。

親や他の先生からも理系コースに進むことは反対された。

だけど、「嫌いだからこそ挑戦してみたい」ってもっともらしいことを言ってみて。

その実、好きな人の好きなことを少しでも好きになりたいだけだった。
不純なこの動機、人が知ればあきれるだろう。

だけど、嫌いじゃなくなっただけでも価値はあると思ってる。


「だけどまぁよくがんばったな」

そう、そして、この人だけは「いんじゃねーの。そういうチャレンジ精神、オレは好きだけどな」ってニヤリと笑っていってくれたんだ。
メガネの奥の瞳をキラキラと輝かせて。