…"想像妊娠"…。
聞いた事あるような、ないような言葉…。
─『んー…わからないけど、君の表情からして、寂しかったのかな?』
帰り道…俺の頭の中を、医者の言葉が駆け巡る。
百合亜の寂しさが…期待だけを運んで来たとでも…?
百「…っ…、」
隣を歩く百合亜は静かに泣いていた。
太「百合亜…」
百「…っ……!!」
俺は足を止め、百合亜の腕を強く引っ張り、その場でキツく抱き締めた。
どうかもう悲しまないで…
俺が笑顔をやる…
ずっと離れずにいるから…。
太「俺がいるから…」
告白にも取れるこの台詞。
恥ずかしさなんて微塵もなかった。
ただ、百合亜に俺の気持ちが
少しでもわかって貰えればいいと思った。
百合亜の涙を拭ってやりたい…
この俺が…百合亜の悲しみや苦しみも全て拭ってやりたいと思うよ…。
想像妊娠と発覚してから、
百合亜の妊娠症状はパッタリと、治まった。
しかしまた、百合亜は笑顔を失くしていた。
……どんな気持ちでいる?
それすら訊けない情けない俺。
でも2人の運命は確実に動き出していた。
この時の俺たちがまだ知るわけもないけれど───…。
想像妊娠から立ち直れないまま、時間だけがむなしく流れていた。
何をするわけでもなく、
ただボーッと毎日をやり過ごしている。
暗闇が続く人生に陽が射しても、すぐ暮れてしまう。
私の未来(これから)の人生に光はないと思ってた。
──でも、そうじゃないんだね。
隣にいつも居てくれる太一。
2人の運命が、少しずつ動き出していたんだね…。
でも幸せの始まりは、
不幸に似ていたよ…。
─公園─
太一たちのたまり場の公園。
何となくついて来た。
ううん…本当は太一と離れたくなかっただけ。
太「百合亜、これ被って一緒に走らねぇ?」
百「…え…?」
太一に渡された黒いヘルメット。
"Yuria"と、私の名前が書いてある。
…名前入りなんて、いつの間に用意してくれてたの?
喜びの声が驚きに邪魔されて声にならない。
啓「俺らのじゃんけんによって、百合亜は俺の後ろだからなー!」
啓太が立ち竦んだままの私の手を引いて自分のバイクの元へと行く。
太「帰りは俺が勝ったから!」
Vサインをしながら話す太一。
魁人たちがバイクに跨がり、公園を出て行く。
百「安全運転で;;」
啓「はいはーい」
私がポツリと言った台詞は流されたけど、啓太を信頼して後ろへと跨がった。
私たちが先に行き、太一が後ろをついて来る。
走り出したバイク…
急に不安が込み上げて、啓太の腰に回した腕を更にキツく回した。
…何…この気持ち…。
言い様のない不安感。
信号に差し掛かると同時に、啓太がスピードを緩めた。
しかし対向車線を走るトラックはフルスピード。
それなら未だしも、斜めに…
私たちの方に走って来る。
百「啓太──っ!トラックに注意して!!」
私の声に「わかった」と大きく返事を返して来た啓太は、誰もいない歩道へと乗り上げた。
…太一───っ!!
後ろを走っていた太一の事を思い出す。
ーードーーンッ!!
でもその時は遅く…
私が振り返った時には、太一とトラックが衝突していた。
ーーキキィーッ
慌ててバイクを止めた啓太。
百「太一ーーー!!;;」
私は止まりかけのバイクから飛び降りて太一に近付く。
1メートル以上も飛ばされた太一は呼び方に反応しない。
百「太一ーっ…!!」
溢れ出す涙…
私はなすすべなく、太一の横へと崩れ落ちた。
それから誰がどうやって救急車を呼んだのか、
太一がどうやって運ばれたのか、
何も覚えていない。
ただ言えるのは、気付いた時に、私は病院の手術室の待合室にいた。
隣には啓太たちがいた。
スクールバックの手持ち部分をキツくキツく握る。
…お願い、助かって…。
こんなピンチに直面したからこそ、太一が私の傍にいてくれた事を改めて感じた。
太一が誰よりも自分に必要なんだと感じた。