自分を信じろと。言い伝えられてきた。コーチはそれを塊の一つ。といつも言っていた。
 いつも、なにか一つが足りない。涙とか、勇気とか、何でもそうだ。実力だって。すぐ諦めてしまう勇気だって、いつもひとつ足りない。
 
 五年前、高校生。野球部に入っていた俺は、グラウンドに立っていた。日差しが眩しくて、貧血や熱中症になって倒れそうと言うくらいのハードな練習だった。ただ、俺の高校は強い。全国野球大会の時だって、優勝ばかり。甲子園に行ける。片手を空に向かい、日を隠す。砂が混じった風が、俺を吹き付ける。何度練習しても上手くいかない。簡単なわけない。そんな絶望に追い込まれていた俺は、あの日の君の言葉を今でも思い出している。
 「…あと一つ足りない。その一つの欠片を野球で感じて。そして取り戻して。日々も、心も。」
 夢は日本一の野球選手になる事。この言葉を思い出し、何度もなんどもこのような夢は輝いていた。練習時間が残り30分という所で夕日が目を奪った。あぁ、輝いてるなと思った。存在も。
 目をつぶって何度も自分の心に語り続けた。夢は諦めるな、と。何かが足りない。でもその足りない分を何かで取り戻さないといけない。君の言葉は俺の良心を突き刺した。今までそんなのどうでもよかった。野球というものは、日本を背負うチーム。野球は甘くない。こんな実力で野球を舐めていたら、甲子園になんて行ける訳ないと気付かされた。静かにグラウンドを歩いた。あと1歩で、勝てたかもしれない。練習試合なのに悔しかった。何度もこの世界に生きてきているのに。こんなに気分が良くないのは初めてで。空振りを一晩続けた。君は俺達のチームのキャプテン。女キャプテンはすごいと思う。そのキャプテンは後に俺の彼女。キャプテンは、俺達の甲子園を心強く応援してくれていた。そんな君に見とれていた。君は放課後になると、いつも休憩時間に教室に戻る。あとを付けるなんて、とても出来ない。かと言って口から言うのも難問だ。
 「偉いね、上野くん。こんな時間まで練習なんて。こんなに強い感情を持った人が甲子園行けるのよね。素晴らしいことだと思うな。私。」
 「うん。ありがとう。だけど……練習が足りない。甲子園までもう少し先だけど、頑張ってみる。」
 「っ…練習もいいけど、体にも気をつけてね。あと何分練習するの?付き合うよ。」
 「ダメだ。君は帰って。俺はあと二時間練習する。」
 「今体に気をつけてって言ったばっかりでしょ!!あなたは頑張りすぎなの!体調管理してるとは言え…」
 「甲子園に行きたい人の気持ちをわかってから言ってくれ。君にはわからない。」
 少し強めの口調で言ってしまった。俺は練習を続けた。ふと後ろを向くと、君はいない。帰ったな、と思って休憩しようとしたところに、、、
 「上野くん!これ飲んで!今飲み物買ってきたの!これ飲んで、練習頑張って。私はサポートする。全力で、甲子園を夢見ている人の夢を壊すわけにもいかないしね!」
 君の行動は俺の心をいつも打ち付ける。どんな雨の日だって、君は俺の練習に付き合ってくれた。我儘なのに。
 「お守り作ったの。良かったら使ってよ。」
 野球服のミニストラップ。中にはワタが入っていて、前には俺の背番号、1番と書かれたストラップ。その裏には、必勝と書かれた文字。野球部で大切にしている言葉だ。
 「お揃い!これ付けて頑張って!いつも休憩時間に頑張って作ってたんだよ!」
 そういうことか…俺のために…
 「ありがとう、、、大切にするよ。」
 「もっと明るく!今のままの上野くんじゃ、甲子園行けなくなっちゃうよ?」
 …あぁ。どこまで君はお節介なんだろう。そこが役どころなのだろう。
 練習場で練習をする事にした。君はいなかった。ボールを丁寧に拭いていた。すると、君は走ってきた。
 「う、上野くん聞いて!次の試合、長野でやるんだって!この試合に勝って、全国大会、その次の大会に勝ったら…甲子園チャンスだよ!」
 「え、まじかっ…!!」
 俺は嬉しくて高い声が出てしまった。今日は快晴。ハイテンションの俺にテンションを合わせてくれたのだろうか?俺を被す光。夕日が今日は綺麗だった。