「も、もう休憩ですか、?」
「んーん、俺もあがりですよ」
「あ、そうなんですねおつかれさまでした!!では!!」

これは早く逃げなければ、となぜか本能的に成海さんなら避けようと足早にその場をさろうとするも、時すでに遅し。
不覚にも、あの指輪でゴツゴツした手に捕まってしまった。

「な、なんでしょうか…っ」

怖い、怖すぎる。
今ならわたし、ネズミの気持ちがわかる気がする。逃げなきゃ食べられてしまうけど、タイミングを誤ってしまうと逃げるどころか一撃で猫パンチを食らってあの世行き。
逃げたい、絶対またなにか怒られる、そう思っていたのに、成海さんが放った言葉は意外な言葉だった。

「すぐ着替えるから、一緒に帰ろう」




まだ肌寒い初春の夜の街路に、帰ろう、と成海さんの声が響いた。
相変わらず成海さんの私服は黒ずくめで、白い肌ばかりが目立っている。
素直に、夜が似合う人だと思った。褒めてるのかは微妙だけど。

「ラストまで残んなくていいんですか…?」
「あぁ、律希と小日向さんがラストだから」
そう言うと成海さんは、無言でホットココアを手渡してきた。

「……りっくんと、那月さん…」

思いっきり声のトーンが下がってしまった。
静まり返った街に落ちる声が反響して、自分の声がリアルに聞こえてきてなんだかすごく喋りづらい。

(…き、気まずい…)

2つの足音に遠くから聞こえる車のクラクション。もう10時過ぎだというのに街の音がまるで不協和音みたいに鳴り響いているのが、この沈黙の唯一の救いだ。
ちらりと成海さんの顔色をうかがうと、成海さんはどこか遠くの方を見つめながらぼうっとしていた。


「あんたは、律希が好きなの?」
「ぐふっ」