それから、話題が見つからなくて、会話が途切れてしまう。
でも、そこにあるのは苦痛を伴う沈黙ではなく、電車の揺れる規則的な音と穏やかな空気。これが、この人を包む空気なんだと、結乃は思った。


その温かさがしみじみと心に沁みて、本当にこの人のことが好きだと改めて思った。この心の中だけでは抱えきれない想いを、敏生にも知っていてほしいと思った。


だけど、次は結乃の降りる駅だ。こうして一緒にいられる時間も、もうすぐ終わってしまう。結乃はありったけの勇気をかき集めて、再び敏生に話しかけた。


「あの…!芹沢くん…って。いつもこんなに遅くなるの?」


不意を突かれて、敏生は目を少し見開いて結乃に視線を合わせた。


「いつも…って、わけじゃないよ?」

「じゃあ、あさって。何時ごろ帰れる?」

「あさっては……。頑張れば、定時くらいには帰れると思うけど?」

「それじゃ、あさっても、こうやって一緒に帰ってほしいんだけど……!」

「……ああ、うん。いいよ」


結乃の気迫に押されるように、敏生はそう答えてくれた。と同時に、電車は駅に着いてしまう。