海里さん、海里さん、相手にしてくださーいっ、と自分が言わなかったくせに、いじけて見上げていると、海里は、そっけない素振りはわざとだったのか、チラとこちらを見る。

「J’étais toute séduite à l'instant même où nos regards se sont croisés.」

「……今、誰がしゃべった」

「私です」
と枕の陰からあまりは言った。

「すごいぞ、発音完璧じゃないか」

「毎晩、兄に電話で習ったんです。
 まだフランスには着いてないそうなんですが」

 本当にクビになるぞ、と思っているのだが、まあ、船の中でも現地と交渉はしたりして、仕事はしているようなのだが。

 じゃあ、行かなくていいんじゃ……と思わなくもない。

「そうか。
 訳してみろ」
と改めて言われ、赤くなる。

「に、日本語では無理です」
とあまりは布団に潜る。

 他所の国の言葉だから、まだ記号的に言えなくもないのだ。