ベンチに座って、行きかう人を眺めながら、二人でアイスコーヒーを飲む。

ふいに、南くんが言う。

「花。」

「うん?」

「お前は、あの52階をどうしたらいいと思う?」

「52階?」

「さっきまでいた部屋だよ。」

「どうするって、南くんの家なんでしょ?」

「仮住まいだよ。あんなところに俺が一人で住んでても無駄なだけだ。おまえだったらどう活用する?」

「うーん。もったいない。景色もいいしなあ。・・・・・ハーレム? 」
私は、ビルの上を見上げる。

「あ?」

「知ってる? 南くんがあそこにハーレム囲ってるって。パーティーで誰かが噂してた。」

「アホか。」
南くんはほとほと呆れた顔をして首を振る。

「有名なアメリカの女優との間に隠し子がいるってほんと?」

「誰がそんな話作るんだよ。芥川賞もんだな。」
南くんは大きなため息をついて、遠くを見る。

「昨日のパーティーで、みんな南くんの噂してた。」

「・・・・・・。」
困った顔をして、でもそんな彼の目は少し寂しそうだ。
なんだか少し彼の気持ちがわかるような気がした。
噂だけが一人歩きしている。自分の知らないところで。

私は、そう思って、話を変えた。

「あと考えられるのは、英語教室とか習い事の教室くらいじゃない? ビジネスマン向けの講座とか?
ありきたりだね。」

「俺もそれは考えたな。」

「朝活、ちょっと憧れなんだよねー。夕方は飲みに行きたいし、朝出勤前にヨガとか英会話とか丸の内のOLさんの中で流行ってきてるってきいたけど。」

「ああ、なるほど。」

「保育園足りないていうから、保育園!」

「高層階はだめだっつの。」

「そっかー。なんかあったら、たくさんの赤ちゃん抱っこしてあんな上から避難できないもんね。」

南くんとそんな話をしながら思う。
目の前にいるのは、同級生だった南くんで幻でもない生身の人。
いつも無表情で怒ったような顔をしていて何考えているかわからなかったりするけど、でも彼だって感情に揺れたりすることもあるんだと。