教室の一番後ろ、
誰もが席替えのたびに行きたがる窓際。
そこには、いつもふたりが座っていた。
ふたりは少し不思議な変な子だった。
短い髪と長い髪、高い背に低い背、
それでいて同じ鞄にシャーペンにヘアピンにハンカチに。
入学から早半年、ふたりの声を聴いた人はまだいない。
どこに住んでるのかもどこから来てるのかも
誰も知らない、存在すら簡単に忘れてしまいそうなふたりだった。
ふたりは少し不思議な変な子だった。
その日は冊子作りの仕事が終わらず、一人遅くまで残っていた。
「ねえ」
日が沈み暗くなってきた教室にふい静かな声が響き、思わずびくりと顔を上げた。
はじめて聞いたその声の主は、背中合わせに外を眺めている片割れに声をかけたらしく
私の事など気づいてもいないかのように喋り続ける。
「今、目の前に扉が3つある
一つは赤い扉
一つは黒い扉
一つは白い扉
どうする?」
私は首を傾げた。
片割れは何と答えるのだろうと手が無意識のうちに動きを止め、静かになる。
しばらく待っても片割れは答えず、
7時を告げるチャイムが鳴り響き慌てて立ち上がる。
帰ってからやればいいや、とコピー用紙の山を鞄に詰め込んで教室を出ようとしたとき
「扉には鍵がかかってるから
お前がいないとあけられねえや」
片割れの答えが聞こえて、でも足は止まらずそのまま階段を駆け下りる。
`鍵がかかってる'
意味の分からない質問と意味の分からない答え、
それでもなぜか胸の奥がじんわりとして、振り返った。
ふたりは少し不思議な変な子だった。
次の日の放課後、意味もなく部活終了後に教室に向かい
初めて教室内にふたりがいたことを思い出した。
放課後教室を訪れたのは昨日のことがあったからなのでふたりが放課後いることを思い出したわけではなく、
放課後、というのでふたりの存在を思い出すまで、
放課後まで、朝からふたりが教室にいたことすら忘れていた。
昨日と変わらぬ場所で、昨日と変わらぬ格好で
ふたりは喋るわけでもなく、ただぼうっと宙を眺めていた。
部活終わりは6時半、最低下校時刻は7時
30分、何もない教室の自分の席に座って時計の音を聞く。
―――静かだなぁ。
普段の賑やかさとは180度代わって、たまにはこういうのもいいなと目を閉じる。
「なあ」
ふいに響いた少し重い声に、いつの間にうたた寝をしていたのか慌てて顔を上げる。
昨日答えた片割れが、今日は質問する日なのだろうか。
外を眺めながら片割れはぽつりと呟く。
「光と闇、どっちがいい」
よく聞く質問に思わずえ、と声を漏らし、
片割れの言葉をうつぶせて待つ。
チャイムまで、あと5分。
「どっちも見えにくくて君が見つけられないから
カーテンをした部屋がいいなぁ」
確かに声は聞こえ、続けてチャイムが鳴り響く。
どっちか、なのに、どちらでもありどちらでもない。
胸の奥がもやりとした気がして、教室を出た。
ふたりは少し不思議な変な子だった。
「もうすぐ夏が来るよ」
いつもと違う声に、チャイムが鳴っても片割れが答えることはなかった。
夏休み開始前日の放課後のことだった。
夏休み明けの放課後、ふたりがいることはなかった。
ふたりは少し不思議な変な子だった。
冬が近づいてきた秋のある日、
意味もなく放課後の教室を訪れた私はドアの前で立ち止まった。
何日、何週間、2ヵ月ぶりに見たふたりはなにもかわっていなかった。
初めから、ずっとそこにいたようだった。
なにを思ったわけでもなく、つい昨日同じことをしたような気分で自分の机に座った。
「ねえ」
片割れが問いかける。
「もし明日世界が終るとしたら、どうする?」
その日、初めて振り返って彼らを見た。
その日、初めて
その質問が自分に向けられてるものだと知り、何も答えられなかった。
その日背を向けた私の耳には、チャイム以外届くことはなかった。