「はいシーナ、今回はものすごく大変です。」

ところ変わって、黒い煉瓦に囲まれた部屋にいた。

「どう、大変なんですか?」

「大きな空間魔法です。今回は僕も手伝います。この壁中に魔法陣を書きますよ。しかも前回よりかなり複雑な」

「は・・はい!」

「床、天井、四方の壁に魔法陣を張り巡らせます。シーナはこの紙をこの前のように口にくわえて魔法陣をなぞってください」

トッドはシーナに紙を渡し、シーナはそれをくわえる。

「シーナは床と天井をお願いします。私は四方の壁を・・。」


2人は一心不乱に魔法陣をチョークで描きだし、なんとか1時間以内に済ませた。

シーナはすでにクタクタであった。

「こんばんは・・」

ゆっくり扉を開きアメリアが工房へ到着した。

「お待ちしてました。早速始めましょう」

玄関で出迎えたトッドがアメリアを工房の中へと導く。

「懐中時計は持ってきてくれましたか?」

「はい!ここに・・」

アメリアは服のポケットから焼け焦げた懐中時計を出して見せた。

「それじゃあ、その懐中時計を握りしめて。魔法陣の中心の円に立ってください」

「はい。」

アメリアは懐中時計を握りしめ魔法陣の中心の円の上に立つ。

「シーナ、こちらへ」

「はっ・・はい!」

クタクタになって座り込んでいたシーナは慌てて立ち上がりトッドの元へ駆け寄る。

「アメリアさんの隣にある円に、この水晶をアメリアさんに差し出すように突き出して持っててください」

「分かりました!」

トッドから水晶を受け取り円に入ると、アメリアに差し出すように水晶を突き出した。

「シーナ、そのままの状態を保ち続けていてください」

「はい!」

「いい返事ですよ、その調子です」

トッドはマントを羽織りフードを深く被る。

「さぁ、今から今回の魔法について説明していきます。
 今回は、この空間にアメリアさんの記憶の中の風景を重ねる魔法を行います。
 アメリアさんは、タイムスリップの様に、亡くなった恋人の・・生きていた時代を体感していただきます。
 アメリアさんの記憶を、シーナのいる円に送りこみシーナの持つ水晶に映し出します。
 つまりシーナの持つ水晶はフィルムの様なものです。それを・・」

トッドは掌から青白い炎を出す。

「この炎で照らして映し出します。この炎は映写機の役割みたいなものです。水晶に炎をあて
 部屋全体に反射させることで部屋全体に魔法をかけることが出来ます。
 その間は僕たちの姿も見えませんし、貴方にはその空間は本物同然に体感できることが出来ます。
 心おきなく、彼に想いを伝えてきてください。」

アメリアは黙って頷いた。

「目を閉じて。」

アメリアは、言われるがままゆっくりと目を閉じる。

「始めます・・!」

その時、トッドの放つ炎が小さな爆発を起こした。

「どうしたんですか!?」

アメリアは驚きトッドの方を振り返る。

「あ・・、あの、久しぶりだったんで、加減を間違えてしまいました。今度こそ・・すいません」

「分かりました」

アメリアは再び目を閉じる。

「・・始めます」

トッドは小さく揺らめく青白い炎を手のひらから出し、水晶を照らす。

すると照らされた水晶は眩い光を放ち部屋全体を照らしだした。


「・・アメリア、アメリア!」

アメリアの耳に懐かしい声が響く。

ゆっくりと目を開くと、懐かしい姿が目の前に立っていた。

「アメリア、どうかしたのか?」


「レイ・・?」

アメリアが、目を開くと、そこはアメリアの部屋だった。

目の前には、亡くなった恋人、レイが立っていた。

「なにボケッとしてんだよ、しっかりしろよ」

「ご・・ごめんレイ。最近なんか寝不足で」

アメリアは必死に動揺をごまかす。

「大丈夫かよ。あのさ、この誕生日プレゼント、開けてもいいか?」

「誕生日プレ・・あぁ、いいよ!開けて開けて」


レイは喜びながら白い袋に付いている赤いリボンをほどき、中身を取り出す。


「うわ、懐中時計だ!」


中から出てきたのは先ほどの黒こげていたはずの懐中時計が、新品同様にピカピカになっていたものだった。

アメリアは、レイの誕生日に懐中時計を送ったことを思い出し
過去に本当に戻ってきたのだと実感した。


「時計、欲しかったっていってたでしょう?」

「うん!ありがと、大事にするよ。うわ、すげー嬉しい」

はしゃぐレイをアメリアは懐かしむように見つめていた。

「・・アメリア、なんかやっぱり元気ないよ。どうかしたのか?」

「えっ!?・・ううん、そんなことないったら」

レイははぁ、と大きくため息をつくと、アメリアの手をとる。

手を握られた感触があることにアメリアは驚きレイの顔を見つめる。

「手握ったくらいで驚くなよ、ほら。行くぞ」

「あっ、ちょっと!」


レイはアメリアを外へ連れ出した。


外は広く大きな並木道で、散歩には絶好の一本道が続いていた。

紅葉で色づいた葉の並ぶトンネルの様な並木道をゆっくりと2人で歩く。

「アメリアは、いっつも何か落ち込んだりしてる時に、この道歩いて、他愛もない話して帰る頃には
 すっかり悩んでた内容なんて忘れてるんだよ」

「うん・・」

「この道好きだったもんな」

「・・うん」

レイはふと立ち止まる。

「ちゃんと俺に話してみ?何があったんだよ」

「・・・・」

アメリアはぐっと唇を噛みしめる。

今にも泣き出しそうなアメリアをレイは心配そうに見つめて、アメリアの頭にポンと手を置いた。

「・・意地悪しちゃったな、ごめん」

「え・・?」

アメリアは戸惑いながらトッドの顔を見上げる。

「お別れ、言いに来てくれたんだろ?」

「え・・?」

アメリアがますます戸惑う。

「実は・・シーナって女の子の身体借りてこの空間に入り込んだんだ。」


「じゃあ・・」


「久しぶり、3年ぶりだよな」

レイは苦笑しながら笑いかけた。

「レイ・・、レイっ!」

アメリアは涙をぽろぽろ流しレイに抱きつく。

「おいおい、もうすぐお嫁さんになる子がメソメソしてちゃダメだろ」

レイはアメリアの頭を優しく撫でながらささやく。

「・・・レイ、私・・やっぱりレイ以外考えられないよ。レイとずっと一緒にいたい」

「それは無理だよ。それにアメリアは俺にお別れ言いに来てくれたんだろ?最初の目的忘れんなって」

「・・・」

アメリアは再び口をつぐむ。

「いっつも、何をするにも俺の顔色うかがって、気遣う子だったから心配で、空にもあがれなかったんだぞ?そろそろ楽にしてくれよ」

「・・・・だって」

「本当はすっげえ寂しいし、ずっとそばにいてあげたかったけど。その懐中時計、大事に持っててくれるだけで俺は十分だから。」

「レイ・・」

「もう俺の顔色うかがう事なんてしなくていいから。覚えていてくれるだけでいい」

「忘れるなんて絶対にしない!」

「はは、ありがと。たいせつにしてもらうんだぞ」

「うん・・・」

「じゃあな・・、さよなら」

頭をなでてくれた手が離れたのが分かった。

はっとして顔をあげるとそこはもう、黒い煉瓦の部屋だった。


「アメリアさん。魔法が解けました」

目の前にはシーナが眠っていた。

「・・レイが、会いに来てくれたんです。」

アメリアが黒こげの懐中時計を見つめて呟く。

「そのようですね。炎が爆発した理由が分かりました。」

「シーナちゃんの身体、勝手に借りてたみたいですね」

「役に立てて嬉しいと喜ぶはずです」


アメリアは立ち上がった。

「ありがと、トッド。ちゃんとお別れが言えたわ。時計は、元に戻っちゃったけど、確かに動いてたから。もういい」

「お役に立てて光栄です。」



数日後、アメリアと街の男性との結婚式が行われた。

純白のウェディングドレスに身を包んだアメリアの首には

懐中時計がかけられていたという。
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