「それにしても、やっぱり・・」
「シーナ・・しつこいです」
工房では、トッドはデスクで工具の修理を行い
その後ろではシーナが本の整理を行っていた。
あの初仕事から3日が経っていたが
シーナはいまだ興奮冷めやらぬ状態であった。
「や、だって私本物の魔法士初めてみて、その、もうとにかく感動的で!
体内の衰えを修理していくなんて高度な魔法、
学園でも見たことありません!」
「もー何度も何度も言わないで下さい恥ずかしいですからっ!」
トッドは耳を赤くしながら叫ぶ。
「恥ずかしがることないじゃないですか!素敵です」
「大したことはしてません!
それにあれは・・・ラステルさんの頭に描いた自己の身体を写し取ってラステルさん本人に同化させた魔法で
つまり重ねただけなんです。目的が果たされたら・・まるで夢だったように剥がれおちてしまうんです。
僕は医者じゃありません、だから老化をとめることは出来ません。
でもあの事をきっかけに自信を付けてくれたことは、喜ばしいことですけどね」
トッドの言うように、ラステルの若返った身体はアンナの治療を終えた後、元に戻ってしまった。
しかしラステルはかつての自信を取り戻し、自分の後を継ぐ医者の後輩とともに積極的に腕を新たに磨きなおすことを決意した。
そのことを先日ラステルは報告に訪れていた。
「よかったですね。ラステルさんも、アンナちゃんも!
でも、この街に住んでいる人は・・みんなトッドが魔法士であることを知ってるんですか?」
「うん、僕がこの町に来た時からね。みんな知ってるよ」
「そうだったんですか、でも凄いなぁ・・あれ?」
シーナはふと考え込んだ。
「どうしました?」
トッドは作業する手をとめ振り返る。
「あの・・学園に通っておきながらこんな事聞くのもなんなんですけど」
「なんです?」
シーナはもじもじしながら呟いた。
「あのぉ・・魔法とレプリカ魔法の違いって・・なんでしたっけ?」
トッドは目を丸くする。
「学園で習いませんでしたか?」
「習ったと・・思うんですけど・・」
トッドは苦笑する。
「ざっくりでいいのなら、お教えしましょうか?」
「本当ですか!?」
シーナは目をキラキラと輝かせ喜んだ。
「あまり詳しくは僕も教えられないかもしれませんけどね。
夕刻まで待ってください。お互いの今日の仕事を終えてから、ゆっくりお教えいたします。」
「よーし、シーナ今日は掃除洗濯料理、ものすごく頑張っちゃいます」
「その意気です」
子どものようにはしゃぐシーナを見て、くすくす笑いながらトッドはデスクに向き直り作業を再開した。
そして日が落ちかけ、お互い作業も落ち着いた頃。
「さて、じゃあお話しましょうか」
トッドとシーナは向かい合いようにテーブルを挟み席についた。
「出来るだけ・・分かりやすくお願いします」
トッドはまたクスリと笑い、ゆっくりと話しだした。
「まず…ざっくりとレプリカとの違いから説明しますと
シンプルに…魔法陣が必要か、そうでないかです」
「魔法陣、ですか」
「そう。魔法士は、簡単な魔法なら魔法陣を書かなくても使えます。
魔法陣の構造を頭にイメージすれば使うことが出来るんです。
複雑な魔法陣だと頭ではイメージしきれないので描かないと出来ない時があります。
その魔法陣を安易に残しておくと盗まれたりしたら大変なんで
すぐに消せるチョークで描くのはそのためです」
「ちょっと待って。頭に思い描いて使えるのならレプリカ魔法はどうして生まれたの?」
「遠い昔に話が遡るのですが…ある魔法士が、人間に魔法陣を売ったんです。」
「売った!?」
シーナは身を乗り出して詰め寄った。
「魔法陣には、その完成形が描かれた瞬間に魔力が宿ります。
でもこの状態ではまだ人間には発動させることが出来ません。
でも、遠い昔…1人の魔法士が魔法陣を人間にも使えるものに改造して作り上げてしまった。
これがレプリカ魔法の誕生のきっかけです。」
「………」
ほぉーと息をはきシーナは頷きながらトッドの話に耳を傾ける。
「次にレプリカ魔法陣と魔法士の魔法陣の違いについて。
魔法士の描く魔法陣とレプリカの魔法陣にはある特有の違いがあります。それは…」
「それは?」
「生命の証です」
「生命…」
シーナは胸をおさえる。
「魔法士の使う魔法陣には、目に見えないその魔法士の命の欠片が含まれているんです。
しかしレプリカ魔法にはそれがない。だから完全に魔法陣を真似ることは出来ません。」
「知らなかった」
「人工知能と本物の生命と言えば分かりやすくなるでしょうか。
真似るにも限界があるという事です。
じゃないと職人魔法士が存在出来なくなってしまいます。
魔法で作られた物はその職人にしか作れないという事です。
魔法の使えない職人だって、自分にしかない才能や業を持っているでしょう?
魔法も真似されないように工夫がされてるんです。」
「へぇ~」
「あと、魔法にはもちろん禁忌が存在します。死者の蘇生や傷や病の完治術など。神の領域に触れる魔法は使えません。
それともう1つ。誰かへの憎しみや殺意のこもった魔法です」
「戦争に魔法士が出られないっていう」
「そう、僅かでも誰かを傷つけようという思いのこもった魔法は魔法士を時には死まで追い込む罰が下ります。
だから職人魔法士も、兵器など作れないようになっているんです。」
「でも、それならどうして?魔法士の作ったモノが戦争に利用されるの!?」
「簡単な話です。」
トッドの表情が険しくなった。
「例えば職人に…子どもに与える人形を作ってほしいと頼むとき…核だけが欲しいと言います。つまり人形の心臓部分のみ。
職人は、子どものおもちゃと信じ込み、核部分を大量に生産し売り渡した。
この時魔法士の思いには憎しみの感情はないでしょう?」
「まさか・・・騙したの!?」
「それが殺意を持たせずに職人魔法士の人形を軍事に利用する作戦だったんです。魔法士をかつて壊滅にまで追い込んだ戦争のきっかけです。」
「……」
「生き残った魔法士は秘策を考えて…そのおかげで今は職人魔法士の作ったモノが利用されることも本当に少なくなりました。」
「秘策って?」
トッドの表情が緩む。シーナに優しく微笑みかけた。
「まだシーナには教えられません。魔法士職人生命のかかった重要機密です。」
「…まだ未熟っていうこと…ですよね」
「そうですね、精進してください。」
トッドはクスクス笑いながら席を立った。
「以上、僕の講義は終了。さて、休憩もしたことだし夕飯までにもう一仕事しますか」
「あ、私も夕飯の仕上げしちゃいますね」
シーナが席を立とうとしたその時
「すみません、すみませーん」
玄関から女性の声がする。
「お客かな、シーナ。出迎えてあげてください」
「はい!」
扉をあけると、髪の短い女性が純白のワンピースに身を包み立っていた。
「こちらに、修理屋さんのトッドはいるかしら」
大人の色気ある風貌にシーナは息をのむ。
「どちらさまでしょうか」
トッドが玄関にやってくると女性は照れるように笑う。
「お久しぶりです。リリィの友人のアメリアです。髪をバッサリ切ったから分からないかしら。」
「あ・・・あぁ!アメリアさん」
トッドはしばらく考え思い出したようだった。
「今日はね、ある物を修理してほしくてここまで来たの。聞いてくれる?」
「もちろんです。工房でお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろん」
アメリアを含め、シーナ、トッドの3人は工房へと移動した。
「これなんですけど・・」
アメリアは黒く焼け焦げた懐中時計を差し出した。
「うわ、真っ黒でボロボロ・・」
シーナはポロリと言葉が漏れた。
「アメリアさん・・この時計」
トッドは神妙な顔で時計を見つめていた。
「この時計の時間を・・進めてほしいの。」
「焼けた跡から、かなりの年数が感じられますけど・・いつから止まっているんですか?」
トッドは真剣な表情で問う。
「3年前よ。」
「それをどうして今・・直したいと思ったんですか」
アメリアは、ふと寂しそうな表情を見せた。
「私・・近いうちに結婚するの。これは・・昔の恋人の形見なのよ。
彼、炭鉱の爆発事故に巻き込まれて死んじゃった。
いつもずっと身につけてた懐中時計も、黒こげよ・・・。」
「恋人の形見の時計だったんですか」
シーナもつられて寂しい表情になる。
「前に進むために、髪もバッサリ切ったの。それに・・この止まった時計が、私の時間も止めているんです。
この時計が時を刻まないと・・私も前に進めない」
「・・・・・・・・・」
トッドはしばらく黙りこんだ後、重い口を開いた。
「アメリアさん。貴方には2つの選択肢から選んでいただく必要があるんです」
「2つの・・?」
トッドは人差し指を立てる。
「まず1つ。この懐中時計、修理するとしたら、焼け焦げた部品を新しくしなくちゃいけない部分が多すぎて
修理出来た頃にはほとんど別物になってしまう。
僕の魔法を使っても同じことです。
新品同様にすることが出来ますけど・・本当にいいんですか?」
「・・・・綺麗になってしまったら・・きっと、彼の思い出まで失われるように思えてしまうのかもね。
でも、私は前に進みたい。時を進めたいの!」
「あと1つ。アメリアさん、貴方の記憶の中の動いていた頃の懐中時計をこの黒こげの時計に重ねることで
この時計を動かすことが出来ます。
でも、再び黒こげになる時がきたら魔法は解けて元の黒こげの懐中時計に戻ってしまいます。
しかし懐中時計が動いてるその間、時計が動いていたその頃の風景ごと空間魔法で再現することが出来ます。」
「つまり・・それって」
「前に進みたいんでしょう?それなら彼に直接伝えたらどうですか?」
「私が・・彼に?」
「直接彼と決別することが、アメリアさん・・貴方の本当の願いなんでしょう?」
「・・・・時計の時を戻して、生きていた頃の彼に会えるってことなのね?」
「幻・・ですけどね」
アメリアはしばらく俯いていた。
そしてゆっくり顔をあげる。
「いいわ、この時計に魔法をかけて。
直接彼に、私が結婚して前に進むことを伝える。それが幻でも構わない。
前に進むためだもの」
トッドは黙って頷いた。
「分かりました。では今から1時間後、もう一度ここへ来てください。
もちろん懐中時計も忘れずに」
外はすっかり日が暮れて、三日月がぼんやりと工房を照らしていた。
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