この世界は、多くの職人が工房を連ねる世界。
数百といった職人が世界中に生き
芸術、食品、機械や、医薬の職人など数知れず。職人の作るあらゆる物が
この世界の人々の生活を支えているといっても過言ではないだろう。
そしてこの職人は、2つに分けることが出来る。
魔法士である職人と、そうでない職人。
かつてこの世界には魔法が存在していた。
しかし強大な魔力に魅了された人間により、魔力を利用しようと
人間が魔法士を欺こうとしたことで戦争が起こり
多くの犠牲者が出たことで、世界は魔法士の大半を失ってしまった。
終戦した後、魔法士である職人は、希少価値のある存在となりその中には
魔法士であることを隠し、魔法の使えない職人として、己を偽り生きているもの。
国の王の下に就くことで地位と名誉を手に入れた魔法士職人など。
様々な方法で今も生き続けている。
この話は、そんな世界で生きている
少し変わった職で、小さな工房をもつ物静かな1人の青年と
そのパートナーとなった、落ちこぼれな少女の物語。
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ここはとある世界最大規模の学園。
世界の職人の片腕を育てる学園。
数百の講師が様々な分野の職のアシスタントを育て上げるのがこの
職人アシスタント育成学園。
人間が魔法士の魔力を真似て生み出した【レプリカ魔法】を学び
魔法士職人という希少な職人の片腕になろうと学ぶ生徒もいれば
魔法の使えない職人を支えていけるように、己の目指す職人の業を学ぶ生徒もいる。
3年に一度、世界中の職人から学園に職人の片腕の求人募集が来る。
名のある職人に片腕志望が集中した場合は、学園にてオーディションが開催される。
しかし、学園の卒業試験に受かることが出来なければ、求人に応募することが出来ない。
しかし卒業試験はどの学年でも受ける権利があり
才能のあるものはたった1年で卒業試験に合格出来る優秀な者もいる。
求人募集が全て埋まるまでに卒業試験に受かれなければ再び求人のくる3年間、生徒は待たなければいけなくなるのだ。
この話のヒロインとなる少女は、この学園で5度の卒業再試験を受けてようやく卒業できた劣等生。
名前は【シーナ】。16歳。
今日はようやく手に入れた卒業試験合格証明書を手に入れて
急いで進路室にシーナは向かっていた。
「テイラー先生!やりました、ようやく受かりました!合格できました」
乱暴に進路室のドアを開け、息を切らせてシーナは進路室へ飛び込んだ。
進路室には1つの大きなデスクがあり、テイラーという進路指導の先生が求人書類の管理を行っている。
「待ってたよ、お前にいい知らせがある」
そう言うとテイラーはある1枚の書類を取り出した。
「まさか、求人まだ残ってるんですか!?」
「あぁ、この1つだけな。誰も求人に行こうとしなかったんだよ」
「そんな、なんて勿体ないことを。見せてくださいよ!」
シーナはその書類をテイラーから受け取る。
するとテイラーは大きなため息をつく。
「お前なぁ、何が勿体ないだ。この学園にくる生徒たちは皆目指す職人の片腕っていう目標があるんだよ。
どこでもいいなんて言う奴はお前くらいなんだからな」
「先生、人聞きの悪いことおっしゃらないで下さいな。私はオールラウンダーなんですよ」
「よく言うよ卒験5度も落ちたやつが。何でもかんでも向いてない向いてないと言い続けて、ようやくアシスタントの基礎力を身につけられたんだろう?」
「先生?物をくっ付けたり、磨いたり、レプリカ魔法陣覚えたりするのだって立派な才能でしょう?」
書類の内容に目を通しながら、しっかり言葉を返すシーナに再び大きなため息をつくテイラー。
「普通はみんなそれ以上を目指して卒業していくんだよ。お前には目指したり身につけたい独特の個性がないじゃないか。
テストだけ合格して。どんな職人のアシスタントになりたいのか全く分からん。そんな状態でよく進路志望室に来れたものだ。」
ぶつぶつとテイラーが呟いている間に、シーナはようやく書類を読み終えた。
「カームタウンの・・よろづ修理工房。修理って・・・職人なんですか?」
「この世界における職人は生み出してなんぼ。なのにこの工房はなぜか修理人なのに職人を名乗っている変な工房だ。
誰も興味を持たなかった。しかし・・。お前のような何の個性もない者にはぴったりな工房だ。
お前の基礎しかない力でも役に立つかもしれないぞ?どうする」
シーナは目を輝かせて首を縦に振った。
「行きます!務めます!私この工房で働きます!!」
「よし、決まりだな!」
テイラーは書類に大きなハンコを押した。
シーナの就職先の決まった瞬間だった。
そして、条件も学園卒業のみと書かれてあり、志望者もシーナ1人な為、学園からすぐに手続きが行われ、三日後には出発日も決まった。
「よろず修理工房なんて、聞いたことないわよ?」
学園寮の同室のクラスメイトにシーナは就職先が決まった事を話していた。
「私もない!でも、私が人気のある職人の片腕のオーディション受けたって永久に受かる気しないんだもん…。だから行くの!」
「不純な動機ねぇ。明日には出発なのよ?大丈夫なの?」
「大丈夫よ!きっと楽しいわ」
「心配だなぁ…何かあったら手紙書いてね。なくても書くのよ?」
シーナのクラスメイト、マカは、有名な菓子職人の片腕のオーディションに見事合格し就職先が決まっていた。
「うん!絶対手紙書くから!マカも頑張ってね…うぅっ」
「やだ泣かないでよ、我慢してたのにぃ」
どちらともなく2人とも寮で過ごす最後の夜に大号泣してしまった。
「頑張るんだよ、シーナ」
「ありがとうマカー!」
こうしてワンワン泣き喚く声が部屋中響く騒がしい夜が過ぎていった。
夜が明け、出発当日。
就職先の決まった卒業生は大きな列車に乗り、各々の就職先に向かう。
大都会や小さな田舎など就職先は様々である。
「カームタウンってどんな街だろう」
「ん~?あぁ、ものすごい田舎じゃない。行ったことないわよこんな遠くで小さな街。」
シーナとモカは列車に隣同士で乗車していた。
シーナは地図から目を離せずにいる。
「私もこんな遠くに行くの初めてだよ。でも治安いいみたいだし」
「いいじゃない、平和が一番よ。私の行く街も平和で賑やかみたいだし。まぁ、シーナの行く街よりは都会だけどね」
「そうなんだ、いいなぁ。」
そしてマカの目的地の駅に、列車が先に到着した。
「それじゃあね、シーナ。頑張ってね」
「うん、またねマカ!」
次々に生徒が列車を降りていき、ついに列車にはシーナ1人になっていた。
だんだん外の景色にも緑が増えてきて、ビルなどの建物が少なくなってきていた。
「随分田舎なんだなぁ。」
列車は鉄橋で海へ出た。
それから数十分後、小さな島の駅に到着した。
駅には「ようこそカームタウンへ」と横段幕が張られていた。
列車を降りたシーナは大きく深呼吸をして、駆け足で駅を出た。
すると、赤煉瓦の屋根の可愛らしい民家が密集して並んでいた。
世間話などで笑いあう町民達に目配せをしながら、シーナは住宅区を抜けていく。
住宅区を抜け、大通りに出ると、今度はパン屋や花屋、鍛冶屋などがズラリと並ぶ商業区に出た。
小さな街だが町民があちらこちらを行き交い、賑やかな雰囲気の街である事が分かってきてシーナは密かに心踊っていた。
その先にの広場を抜けると、また住宅区が見え、その先は緑豊かな丘があった。
「地図だと…この先なのよね。」
広場の椅子に座り、地図を確認する。
すると眺めていた地図が影で覆われた。
シーナが顔を上げると、1人の女性が立っていた。
「もしかして、あなた職人の片腕に来てくれた人?」
女性はにこりと微笑んで訊ねた。
「は…はい!シーナと申します」
シーナは慌てて地図をしまい立ち上がった。
「ようこそ、カームタウンへ。工房はあの丘のうえよ。ついてきて」
そう言って、歩いていく女性にシーナは黙ってついていった。
丘を登ること数分。
白い柵に囲まれた工房と思われる建物と、赤煉瓦の小さな家の前に着いた。
木製の看板には『よろず修理工房』と確かに書かれていた。
「待ってて、今呼んでくるから」
シーナを、柵の外に待たせ、女性は家に向かう。
「トッド、出てきて。アシスタントさんがいらっしゃったわよ!」
ドアをノックして大きな声で呼ぶと、ゆっくり扉が開き、1人の青年が出てきた。
シーナは、はっと息を呑む。
ゆったりとしたパーカーとズボンに身を包み、肩に届くか届かないほどの焦げ茶色のボサボサした髪。
少し垂れ気味の目からは穏やかそうな性格が伺える。
「こんにちはリリィさん」
「こんにちは。来てくれたわよ、アシスタントさん」
「あぁ、そっか。来てくれたんだ」
シーナは青年と目が合った。緊張から、思わず直視できず俯いてしまった。
青年はゆっくり柵の外にいるシーナに近づき、目の前まで近づいた。
「初めまして。君の名前は?」
シーナはゆっくり顔を上げる。
「シ…シーナです。16歳です」
「そう、シーナ。僕はトッド、18歳。この工房で町民の日用品や耕具の修理をしています。よろしく」
トッドから握手を求める手が差し出された。
「よろしくお願いします!」
シーナはその手を両手でしっかりと握った。
「じゃあ、私はこの辺で」
「ありがとうリリィさん」
「案内してくれて、ありがとうございました!」
先ほど案内してくれた女性、リリィがトッドへの挨拶を終えると、丘を下っていった。
「さぁ、中へどうぞ。長旅で疲れたでしょう。お茶でも飲んで話しましょうか」
トッドに導かれてシーナは部屋へと入った。
木製のテーブル、椅子に衣裳棚。
必要最低限の家具が揃えてある家だった。
トッドはお茶の準備をしながら、リビングの椅子に座ったシーナに優しく話し掛ける。
「先日、そちらの学校の学長が挨拶に来てくださいました。卒業試験に合格されて、喜びも一入だったでしょう?なのに、僕の所なんかで本当によかったの?」
お茶の用意が出来て、シーナと向かい合うようにトッドも席に着いた。
「いえ、ここがよかったんです!」
「ここが?どうして」
トッドはきょとんと首をかしげる。
「だってここしか求人が残って…あ…」
失言と思いシーナは口をつぐみ俯く。
怒られると思った。
するとトッドから笑い声が聞こえる。
「ハハハ、やっぱり。もっと職人らしい職人がいる工房に行きたかったんだよね。」
「………」
「本当はね、求人も出すつもり無かったんだよ。僕は職人って名乗れるような仕事してないから。それでも、リリィさんが修理職人と僕に名乗らせて求人を募集してくれたんだ。」
確かにテイラー先生も言っていた。
生み出してなんぼの職人なのに変だと。
リリィとは、先ほど案内してくれた女性の事だろうか。
「リリィさんって?」
「あぁ、さっき君をここまで案内してた人だよ。この工房もリリィさんが提供してくれて。僕がこの街に来た時からとてもよくしてくれてる人なんだ。」
「いい人ですよね!リリィさん!」
シーナはまるで子どものようにはしゃいだ。
この街で初めて優しく声をかけてくれ親切にしてくれた人の事だったからだ。
「うん、とってもいい人だよ。それで、シーナ。君はどうしたい?無理にとは僕は言わないし、別に行きたい工房があるなら僕も探すの協力するよ?」
「いいえ?その必要はありません。私みたいな落ちこぼれ…どこも雇ってなんかくれません。それに、私は今まさに運命を感じているんです!」
シーナは即答だった。
もう迷いはなかったのだから。
運命も感じていた。
「運命?」
「ここで会ったも何かの縁!私シーナ、全身全霊でアシスタントします!」
シーナのテンションの高さに驚きながらもトッドは優しく微笑んだ。
「そう。君がいいなら僕は大歓迎だよ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします!」
2人の生活が始まったのであった。
シーナとトッドの共同生活が始まった初日。
シーナはウキウキしながらトッドと共に工房へ向かった。
「どうぞ。ここが工房です。リリィさんに空き家を譲ってもらって、デスクや必要な道具や書物の本棚とか揃えてもらいました。」
工房は白石の壁で出来たもので、窓から柔らかい日が射している。
部屋の隅には1人用のデスクがあり、工具や裁縫セット、設計図の様な図面の描かれた紙の束が乱雑に置かれていた。
部屋の中央には木製の長机が置かれてあり、沢山の付箋の貼られた本が、これも同じく乱雑に置かれていた。
職人の工房を初めて目の当たりにしたシーナは、キョロキョロと辺りを見回していた。
「散らかっていてすいません。僕、掃除があまり得意じゃなくて」
トッドは隣で苦笑する。
シーナはぶんぶんと首を横に振り、目をキラキラと輝かせてトッドに詰め寄った。
「ねぇトッド?私は何をすればいいんですか?どんなお手伝いを?」
「えっと、日頃は主に…家事をお願いしたいんですが…。」
トッドは頭を掻きながら苦笑混じりにつぶやいた。
「家事?」
シーナはガクンと肩の力が抜けると、トッドから一歩引いた。
「えぇ、家事。僕は主に町民の耕具や日用品の修理で、1人で事足りるのですが…どうも家事に手が回らなくて困っていたんです。」
「私…まさか家政婦として呼ばれたんですか…?」
先ほどまであんなに、はしゃいで笑顔を見せていたシーナが一変。
今にも泣きそうな表情で訴えるシーナにトッドはギョッとして、慌てて言葉を訂正する。
「いえいえ、もちろん本職のお手伝いもしてもらいたいんだけど、今は1人で事足りるので。その間は家事を…」
だめですか?と申し訳なさそうにシーナの顔を覗き込む。
「わ…分かりました!シーナ、一生懸命頑張ります!」
しばらく、しょんぼりしていたシーナも、笑顔を取り戻し、トッドにガッツポーズをみせる。
「助かります。じゃあ、早速晩ご飯を。ダイニングに1日の予算が書いてありますので街に買い物に出てもらえますか?メニューはお任せします。」
「お料理ですね!任せてくださいシーナのレプリカ魔法で」
「ちょっと待った!」
シーナが意気揚々と魔法をかける素振りを見せると、急にトッドに制止される。
「はい?」
「ここでは家事におけるレプリカ魔法の使用は禁止。」
「えぇ!?」
トッドはおもむろにシーナと向かい合い自分の胸を押さえゆっくり話しだす。
「ここの問題です。分かるかな」
「心?」
トッドは優しく微笑んで頷いた。
「この世界で、職人が使う魔法は、職人自身の為の魔法じゃない。
手で作業するより楽をするために魔法を使うような職人に、有名な人なんて誰もいない。
不思議なんだけどね。絶対敵わないんだよ、魔法を使って楽して作った職人の生み出したモノは。
魔法が使えない職人の、丹精込めたモノには敵わない。
素敵なことだと思いません?魔法が使えたって使えなくたって、生み出したモノの価値は同じなんだよ?
自分の為じゃなく、誰かの為に込めた思いが同じだから」
「・・・・・」
「だから、僕は魔法を自分の為には、使ってほしくない。
僕なんて職人なんて名乗れないかもしれないけど、気持ちは一緒だから。
それに、職人の片腕を目指して、5度も頑張って試験を受けた君には尚更・・・
例えレプリカでも、魔法を楽するために使ってほしくないんだ。分かってくれませんか?」
俯くシーナに心配そうにトッドは問いかけた。
「・・・・」
しばらくトッドが声をかけられずにいると
シーナはすっと顔をあげて、ニコリと笑ってみせた。
「分かりました!私、自分の楽の為に魔法は使いません!約束します」
「本当ですか?」
「えぇ、約束します!じゃあ私、早速買い出しに行ってきますね!」
シーナは元気よく工房を飛び出していった。
トッドはシーナの表情に笑顔が戻ったことに安心し、
工房のデスクに座り、修理の作業を始めた。
シーナは商業区まで降りてきて、トッドがダイニングに置いていた予算を握りしめ
晩御飯のメニューを考えていた。
「弱ったなぁ・・・」
シーナは内心とても焦っていた。
寮生活時代は料理はマカに任せきりだったせいで
実際に料理をしたことが無かったのだ。
「どうしよ、とにかく野菜と・・お肉とで・・」
シーナは予算であるだけの野菜と肉を購入。
「お嬢ちゃん見ない顔だね、どっから来たんだい?」
肉屋の店主に声をかけられた。
「お・・丘の上の、トッドさんのアシスタントで今日からこの街に」
頬を赤らめてそう伝えると店主は急に笑った。
「おぅ、アイツんトコか。トッドに伝えとけ。もっと街に降りて来いってな。これサービスしとっから」
そう言うと店主は値段よりg数を多く売ってくれた。
「は・・はい!ありがとうございます」
なんとか食材を購入し、丘を登りトッドの家まで辿り着いた。
ダイニングに食材を広げて腕まくりをする。
「大丈夫、マカが料理するところ、ちゃんと見てたもん!
それにスープの味なら覚えてる!あとは、お肉のソテーって・・のは焼くだけだっけ?」
献立は野菜スープとソテーにに決定されたらしい。
「よーっし!美味しいの作るぞー」
+
シーナが料理を始めて2時間ほど経った頃。
日も暮れて、トッドが作業する手をとめた。
「大丈夫かな・・」
その時、工房の扉の開く音がした。
ゆっくり振り返ると、トッドは慌てて席を立った。
指から血が出ているシーナが涙をポロポロと流しているのだから。
「どうしたんですか!指から血が出てる、それにそんなに泣いて」
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
「待ってください、いま救急箱持ってきますから!」
トッドはデスクの引き出しから、救急箱を取り出し、椅子を出してシーナに座るよう促す。
「よかった、傷は深くないみたいですね。少ししみるけど…我慢して」
トッドは指先に消毒液を吹き掛ける。
シーナは痛みをこらえキュッと目を瞑る。
「はい、絆創膏。これで大丈夫」
「ごめんなさい…」
トッドは指先に素早く絆創膏を巻く。
「料理で、手を切ってしまったんですか?」
シーナは黙って頷く。
「そうですか。可哀相に、痛かったでしょう?」
今度は首を横に振る。
「何を作ろうとしてくれたんですか?」
「野菜スープと…お肉のソテー」
「野菜スープですか、最近寒くなってきたから美味しいでしょうね」
「でも、上手く野菜が切れなくて…とっても見栄えも悪くて…」
シーナは震える声で必死に話す。
「一生懸命作ってくれただけで十分ですよ。何をそんなに落ち込んでるんですか?」
トッドはシーナを慰めるように、微笑みかける。
「料理ひとつまともに出来ない私はやっぱり落ちこぼれなんです。
料理だっていつもルームメートのマカに任せきりだったから。
魔法も上手で。
マカはとても料理が上手だった。だから有名な菓子職人の片腕になったんです。」
「もしかして、ルームメートのマカさんが料理に魔法を使ってるのを見てたから
さっき魔法で料理をしてみようと思っていたんでしょう」
「…」
シーナは気まずい表情をしながらも頷いた。
トッドはクスクスと笑いだすと、長机から椅子を引き出してトッドが腰掛ける。
「マカさんはきっと、魔法を使わずに料理する方が、本当は得意で、楽に出来ると思いますよ?」
「え?」
シーナは首をかしげる。
「魔法で料理を行うのは、シーナが思ってるより楽じゃない。
たくさんの応用魔法を立て続けに手際よく行うのはとても体力を使うし。
何も魔法を使わずに料理するほうが楽に決まってる。だからきっと…」
「きっと?」
シーナは椅子から身を乗り出す。
「きっと、その菓子職人の片腕になる為に日頃から魔法の練習を積んでいたのでしょう。
菓子職人は魔法で微妙な味の変化や焼き加減を調節しているらしいですし、
その繊細な魔力のコントロールを得るために、あえて、いつも魔法で料理をしていたんだと思いますよ?」
「そうだったのかな…」
「僕も間違いないとは言いきれません。でもきっと…
とても美味しいでしょうね。マカさんが一生懸命練習して作った料理。」
「うん。とっても美味しいんだぁ、マカの料理」
「きっとシーナの料理だって美味しいですよ。魔法を使わなくたって、一生懸命作ってくれたんですから。」
ふとトッドの顔に陰りが見えた。
どこか寂しげな表情にシーナは気付いた。
「トッド?」
「…いや、職人も、その片腕も…みんなそうした純粋な思いで何かを生み出してるんです。
でも…なかなか純粋な思いのまま生み出し続けるには、今はあまりにも苦しくなったんだなぁって。」
「…何の話ですか?」
「ん?あぁ、今のは独り言です。大したことじゃありませんから。それより、僕お腹空いてしまいました!料理、まだ途中ですか?」
トッドはおどけながら、自分のお腹をさすってみせた。
「まだ…なんです」
「じゃあ、僕も手伝います。ちょうど区切りもつきましたし。」
シーナはデスクを覗き込んだ。
「わぁ、歯車がいっぱい」
トッドのデスクには、様々な大きさの木の歯車が置かれていた。
「うん、農家の耕具の部品なんだ。随分老朽化してたから。とりあえず応急措置」
「歯車の色がちぐはぐ…あ、新しい木片をくっ付けたんですね!」
「正解、老朽化のひどい部分を削って新しい木をくっ付けて
元に戻してたんです。ちょっとパズルみたいで楽しくて」
トッドは幼い子どものように笑った。
「ほんと、すごく楽しそう」
「ほら、早く家に戻りましょう。」
トッドがシーナを横切ろうとしたその時だった。
「あの!」
シーナがトッドの服の裾を引っ張った。
「まさか…その格好のままお手伝いしてくれるわけじゃ…ないですよね?」
「?」
トッドは不思議そうに首を傾けた。
「そんな土埃のたくさん付いた服や手でお料理したら具合悪くなっちゃいますよ!
手を洗って……いや、もうお風呂入って着替えてください!」
「あ…」
「井戸は!?」
「いっ…井戸は家の裏…」
「釜戸は!?」
「それも、裏のすぐ、井戸の前…です」
すごい剣幕でたたみかけるように問うシーナに身じろぎながらも、反射的にトッドは返事をしていた。
「今すぐにお風呂用意しますから!料理はシーナが頑張ります!ほら早く」
「ちょっ…ちょっと」
シーナはトッドの背中を強引に押しながら工房を後にした。
大急ぎで風呂の準備を終え、トッドに入浴を促し。
2人が食卓についた時には、すっかり日が落ちてからだった。
「いやぁ、お風呂の準備してもらえるのなんて子どもの頃以来でした。気持ち良かった」
「あんなに汚れたままでご飯食べてちゃ病気になっちゃいますよ!」
「一応手は…洗ってるんですよ?」
「当たり前です!」
トッドは肩をすくめる。
「それより…味、どうですか?」
「すっごく美味しいです。」
「見た目は……」
「えぇ、なかなか斬新で。」
「それ逆に傷つきます!」
「はは、初めてなら誰だって上手く出来ませんよ。十分です」
「そうですか?」
「はい。僕、誰かに指を怪我してまで料理を作ってもらうなんて初めてで。だから嬉しいです。」
他愛のない会話を交わしながら、2人は食事を終えた。
そのまま食卓でゆったりと夜を過ごしていた。
「ねぇ、トッド?」
「なんですか?」
「トッドは、魔法士職人が嫌い?」
「え、どうして?」
「だって。魔法の話をする時、なんだか悲しそうにするんだもの」
トッドは苦笑した。
「魔法が嫌いなわけじゃありません。ただ、僕は幸せに生きている職人をあまり知らないんです」
「?」
「僕、小さな頃から大好きな画家がいたんです。その人の描く絵はね、生きているんです」
「へぇ!」
トッドは少し遠くの方を見つめながら話していた。
「初めて見た、僕の大好きな画家の絵は、一本の大木が描かれただけのシンプルなものでした。」
「大木、ですか」
「その絵は、僕の故郷の公園に飾ってある絵で、季節や天気に合われて大木が変化する、とても素敵な絵でした。」
「わぁ、絵の中で木が生きてるんですね」
「そう、幼い私は毎日その絵を見るのが大好きだったんです、でも・・・」
「でも?」
「その時、その画家の住んでいる国じゃ・・魔法はもう、国家に規制されていました。
絵画や彫刻は職人の自己満足と罵り、価値が出なくなっていたんです。」
「・・・」
トッドは酷く悲しそうだった。
「魔法士職人は、人の倍の寿命が与えられて、魔法を使えばそれが削られるというのは
学園で習いましたよね?」
「はい。」
「それで人間と同様の寿命に合うように均整がとられているんです。
ですが、魔法を異常な早さで膨大な量を使えばそれだけ大量に寿命は削り取られてしまう。
僕の好きな画家の作品は日に日に激しく、焦りや怒りに満ちた作風になっていきました。
かつてはあんな穏やかな絵ばかり描いていたのに。
周りに認められない焦りから、もう心は壊れてしまっていて。
狂気に満ちたまま魔法で絵を描き、30という若さで壮絶な死を遂げました。」
「悲しい・・話ですね」
「職人は時代に翻弄されるものです。時には命を奪われるほどに追い詰められる。
でも、その才能を持って生まれた職人は、その道を完全に外れることが出来ない。
手足が無くても、何も生み出せなくなっても・・何か別の形ででもその道にいないと生きられないんです。
まるで灼熱の炎のようなランプに近づく夜光虫のように。
僕はそんな運命に自分がさらされていることが時々恐くてたまらない。」
「トッド・・・?あなたもしかして」
「・・僕は、シーナ。僕は」
その時、ドアから大きなノックの音が響いた。
「トッド、頼む。助けてくれ」
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ドアの向こうから助けを求める声が聞こえた。
「…クラウさん?」
「シーナが出ます!」
シーナは家の扉を開けると、息を切らせて男性が飛び込んできた。
「お…お肉屋さん!?」
それはシーナが買い出しに出た時に出会った肉屋の店主だった。
「クラウさん、どうしたんですかこんな時間に」
「トッド、お前に一生の頼みがあってきたんだ。」
クラウという名の男はがっしりとした体とこんがり焼けた肌。シーナの倍はあるであろう巨漢だった。
その体でドシンとテーブルに手を置き頭を下げた。
「僕に、一生の頼み…?」
シーナは扉を閉め、トッドの隣に座った。
「娘が、病気なんだ。」
「…アンナちゃん、でしたっけ」
「おぅ、名前覚えてくれてるんだな。ありがとよ。」
「それで…どんな病気なんですか?」
「子どもがよくかかる病気なんだってよ。
でもアンナは少し体が弱ぇんだ。
周りの子より重症になっちまって。珍しい病気と併発しちまったんだよ…」
「お医者さんは?ここにはいないんですか?」
シーナは問い掛けた。
するとクラウの表情が暗くなる。
「いるには…いるんだけどな。もうかなりの歳なんだ。
頼みにいったらよ…
この歳で行う手術にはリスクが高いんだって。新しい医者は雇ってる途中らしくて」
「じゃあ、他の街へ。電車に乗ってどこか」
「外の街に知ってる病院もねぇし…遠くに連れ回すと、
ますます悪化してしまうらしくて連れてってやれねぇんだ…
なぁトッド!治してやってくれねぇか」
トッドは重い口を開く。
「クラウさん…申し訳ないんですが僕は、
医療の知識がまったくありません…。僕にアンナちゃんを治してあげる事は…」
「………」
「…だよな、悪かった。俺も無理なこと頼んじまって悪かったな…じゃあ」
「待ってください」
立ち去ろうとするクラウをトッドは大きな声で呼び止めた。
「なんだ…?お前には治せないんだろう?」
「はい…僕には治せません。
でも…医者の腕を、アンナちゃんの病気を治せる技術を持っていた頃に
戻すことなら…出来るかも知れません。」
「医者の腕を…?」
クラウはトッドの方へ向き直る。
「僕は修理屋です。医者の腕をもう一度、難しい手術が
出来る頃にまで、一時的になら修理出来るかもしれません。」
「本当か?やってくれるんだな」
トッドは黙って頷いた。
「一時間後に、アンナちゃんと、医者のラステルさんを連れてきてください。あとカルテを忘れずに」
「分かった!一時間後だな」
クラウは走って丘を降りていった。
トッドはふわりと席をたつと。
パンと手をたたいた。
「さて…と。シーナ。遅い時間で疲れてるかもしれませんが・・
お待ちかねの初仕事ですよ?」
「えっ!?」
トッドはニコニコしながら部屋の隅の暖炉に向かう。
そして暖炉に両手をかざし、目を閉じると。
暖炉から蒼白い炎が上がり、さっきまでキッチンや本棚のあったごく普通の部屋は…
真っ黒の煉瓦の壁で出来た、蝋燭に囲まれた部屋へと姿を変えた。
「ん~…ほんといつみても。趣味悪い部屋でしょ?
でもここ、衣装とかチョークとか蝋燭とか。魔力に関係あるものしか置いちゃいけないんですよ。」
まるで何てことないようにトッドはシーナに話し掛けた。
「く…空間魔法。初めてみた。」
「はい、驚いてる暇はありませんよ。この紙を口にくわえて」
「えっ!?」
トッドは一枚の紙をシーナの口へ運び加えさせる。
「むぐっ・・」
「どうですか?床に魔法陣が見えるでしょう」
シーナは口に紙をくわえているため話せないので、首を縦に振る。
シーナの目には薄く光る魔法陣が床に見えていた。
「その紙を加えている間は、床に魔法陣が写ります。
このチョークでその魔法陣を一字一句、間違えることなく写してください。」
トッドが白いチョークを手渡すとシーナは頷き、床に写る魔法陣をチョークでなぞり始めた。
「さてと、急がないと」
トッドは壁にかけられたフード付きのマントを身体にかぶせ、大きなフードを被る。
そのままトッドが壁を叩くと、分厚い本が壁から飛び出した。
「!!」
シーナは飛び出す本に驚き魔法陣を書く手を止める。
「シーナ、集中」
「・・・・」
シーナは再び魔法陣を書きはじめた。
トッドは本を開き、紙に文字を写し取っていた。
そして1時間が経過した。
「うわ、なんだここ」
娘のアンナを抱きかかえ、クラウが医者のラステルと共に部屋へやってきた。
「不気味ですいません。魔法陣が光ればもう少し明るくなりますから。」
トッドが3人を出迎える。
「トッド!魔法陣写し終わりました」
「お疲れ様。さぁ、3人はこちらへ」
3人はトッドに導かれるまま魔法陣へ近づいた。
「クラウさん。アンナちゃんを魔法陣の中央に寝かせてください。」
クラウはぐったりとしたアンナを魔法陣の中央へ寝かせた。
「クラウさんは魔法陣から出て、ラステルさん。アンナちゃんのカルテを持って魔法陣の中へ。寝ているアンナちゃんの隣に円があるの分かりますか?」
「は・・はい」
小柄で少し白髪の多い、白衣を着た男性が背中を丸め答える。
「その円の中に立ってください。アンナちゃんが見えるように」
ラステルは円の中へ立つ。
「そう、完璧です。それでは今から始めていきます。シーナ、私の隣へ」
「はい!」
トッドはラステルの背後にあたる魔法陣のすぐ外側に立つ。
「ラステルさん、これから僕の言うとおりに行動してください。いいですね」
トッドはラステルの背中に語りかける。
ラステルは頷く。
「ではラステルさん。今からあなたの腕の修理を始めます。
しかしそれは、ラステルさん。貴方の記憶が必要なんです。
ですので、これからラステルさんには、脳内でアンナさんの手術をシミュレーションしてもらいます。」
「手術を・・?」
「えぇ。目を閉じてみてください。」
ラステルは目を閉じる。
すると、うわっと小さく声をあげた。
「いま貴方には、手術台に寝ているアンナちゃんが見えているはずです。横には手術の道具があるでしょう?」
「はい」
「私が、始めてくださいと言ったら、ラステルさん。貴方はアンナちゃんの手術を行ってください。出来ると信じて」
「・・・分かりました。」
「ラステルさん、いま貴方は心の世界にいるんです。
その世界では、貴方は若くて、思うように手術が出来るはずです。
僕は、その頃のラステルさんの技術を今の体にコピーします。
目が覚めたころには、ラステルさんの腕は、若いころのように手術を出来る腕に戻っているでしょう。
二度手間になってしまうのですが、その腕で、今度は本物のアンナちゃんに手術をしてあげてください」
ラステルは頷いた。
「始めてください」
魔法陣が激しく光りだした。
ラステルは目を閉じながら何も持っていない手を動かしだした。
*********************************************************************************************
「・・・・以上です。ラステルさん、目を開けてください」
魔法陣の光が消える。
「・・・・手が、思うように動く」
ラステルは手を握ったり開いたりを繰り返す。
「成功のヴィジョンを描けた結果です。成功しました。もう大丈夫です。貴方の手は昔の様に動くはずです」
ラステルはトッドの方へ向き直る。
「ラステル・・さん?」
シーナが目を丸くする。
「お嬢さん、どうしました?」
「い・・いえ、あの、実際には10秒も経ってないんですよ?」
「本当かい?それに不思議なんだ。まったく疲れを感じない。」
シーナにはラステルの姿が別人のように感じられた。
背筋はシャンと伸び、ぼうぼうに伸びた白髪は黒くなり消えていた。
「体が軽いんです。さぁ、早く手術を始めましょう」
「・・・、トッド」
魔法陣の外でずっと娘の姿を見守っていたクラウがふらりとトッドの元へ近づく。
「アンナちゃんは、きっともう大丈夫です。ラステルさんがきっと治して」
クラウはトッドの両手をがっしり掴みブンブン振り回す。
「ありがとな、本当にありがとな!このご恩は一生忘れねぇよ!!」
「お力になれてよかったです、ク・・クラウさん、あの、まだ書類が残ってるんですけど」
「書類?」
クラウの手がトッドから離れる。
トッドはポケットから書類を取り出した。
「えぇ書類。ラステルさんにも。あと、これはアンナちゃんの分。元気になったら書いてもらって僕の元に届けてください」
「わ・・分かった」
「ただの魔法使いましたって意味のものなので、ササッと書いちゃってください。」
トッドは壁に手をかざし、部屋を元に戻す。
「お疲れさまでした。早く元気になるといいですね」
「トッドさん、といいましたかな」
ラステルはゆっくりトッドに近づいた。
「私は、今回のことで自信を取り戻せたような気がします。これからもがんばっていこうと思えるようになれた気がするんです。
本当に・・・ありがとうございました」
「頑張ってください」
「じゃあな、トッド。たまには街に降りてこいよ」
「はい。」
3人は静かに丘を降りていった。
「お疲れさまでした、シーナ」
シーナは俯いたまま黙っている。
「シーナ?」
「魔法士・・なんですね」
シーナはぽつりと呟いた。
「トッド、魔法士なんですね」
「・・・・・」
「それに・・あんな高度な魔法、見た事ありませんでした。」
「黙っててごめん・・」
「・・・正直ものすーっごく驚いてます。でも・・」
シーナはトッドの手をとった。
「シーナは、トッドの片腕として、これから精一杯頑張っていきます、だから・・・」
「・・・?」
「絶対、無理しないで下さいね。命をたくさん削る様な事、しないでくださいね」
「・・・・頑張ります」
トッドは優しく微笑んだ。
2人の初めての夜が、終わった。
「それにしても、やっぱり・・」
「シーナ・・しつこいです」
工房では、トッドはデスクで工具の修理を行い
その後ろではシーナが本の整理を行っていた。
あの初仕事から3日が経っていたが
シーナはいまだ興奮冷めやらぬ状態であった。
「や、だって私本物の魔法士初めてみて、その、もうとにかく感動的で!
体内の衰えを修理していくなんて高度な魔法、
学園でも見たことありません!」
「もー何度も何度も言わないで下さい恥ずかしいですからっ!」
トッドは耳を赤くしながら叫ぶ。
「恥ずかしがることないじゃないですか!素敵です」
「大したことはしてません!
それにあれは・・・ラステルさんの頭に描いた自己の身体を写し取ってラステルさん本人に同化させた魔法で
つまり重ねただけなんです。目的が果たされたら・・まるで夢だったように剥がれおちてしまうんです。
僕は医者じゃありません、だから老化をとめることは出来ません。
でもあの事をきっかけに自信を付けてくれたことは、喜ばしいことですけどね」
トッドの言うように、ラステルの若返った身体はアンナの治療を終えた後、元に戻ってしまった。
しかしラステルはかつての自信を取り戻し、自分の後を継ぐ医者の後輩とともに積極的に腕を新たに磨きなおすことを決意した。
そのことを先日ラステルは報告に訪れていた。
「よかったですね。ラステルさんも、アンナちゃんも!
でも、この街に住んでいる人は・・みんなトッドが魔法士であることを知ってるんですか?」
「うん、僕がこの町に来た時からね。みんな知ってるよ」
「そうだったんですか、でも凄いなぁ・・あれ?」
シーナはふと考え込んだ。
「どうしました?」
トッドは作業する手をとめ振り返る。
「あの・・学園に通っておきながらこんな事聞くのもなんなんですけど」
「なんです?」
シーナはもじもじしながら呟いた。
「あのぉ・・魔法とレプリカ魔法の違いって・・なんでしたっけ?」
トッドは目を丸くする。
「学園で習いませんでしたか?」
「習ったと・・思うんですけど・・」
トッドは苦笑する。
「ざっくりでいいのなら、お教えしましょうか?」
「本当ですか!?」
シーナは目をキラキラと輝かせ喜んだ。
「あまり詳しくは僕も教えられないかもしれませんけどね。
夕刻まで待ってください。お互いの今日の仕事を終えてから、ゆっくりお教えいたします。」
「よーし、シーナ今日は掃除洗濯料理、ものすごく頑張っちゃいます」
「その意気です」
子どものようにはしゃぐシーナを見て、くすくす笑いながらトッドはデスクに向き直り作業を再開した。
そして日が落ちかけ、お互い作業も落ち着いた頃。
「さて、じゃあお話しましょうか」
トッドとシーナは向かい合いようにテーブルを挟み席についた。
「出来るだけ・・分かりやすくお願いします」
トッドはまたクスリと笑い、ゆっくりと話しだした。
「まず…ざっくりとレプリカとの違いから説明しますと
シンプルに…魔法陣が必要か、そうでないかです」
「魔法陣、ですか」
「そう。魔法士は、簡単な魔法なら魔法陣を書かなくても使えます。
魔法陣の構造を頭にイメージすれば使うことが出来るんです。
複雑な魔法陣だと頭ではイメージしきれないので描かないと出来ない時があります。
その魔法陣を安易に残しておくと盗まれたりしたら大変なんで
すぐに消せるチョークで描くのはそのためです」
「ちょっと待って。頭に思い描いて使えるのならレプリカ魔法はどうして生まれたの?」
「遠い昔に話が遡るのですが…ある魔法士が、人間に魔法陣を売ったんです。」
「売った!?」
シーナは身を乗り出して詰め寄った。
「魔法陣には、その完成形が描かれた瞬間に魔力が宿ります。
でもこの状態ではまだ人間には発動させることが出来ません。
でも、遠い昔…1人の魔法士が魔法陣を人間にも使えるものに改造して作り上げてしまった。
これがレプリカ魔法の誕生のきっかけです。」
「………」
ほぉーと息をはきシーナは頷きながらトッドの話に耳を傾ける。
「次にレプリカ魔法陣と魔法士の魔法陣の違いについて。
魔法士の描く魔法陣とレプリカの魔法陣にはある特有の違いがあります。それは…」
「それは?」
「生命の証です」
「生命…」
シーナは胸をおさえる。
「魔法士の使う魔法陣には、目に見えないその魔法士の命の欠片が含まれているんです。
しかしレプリカ魔法にはそれがない。だから完全に魔法陣を真似ることは出来ません。」
「知らなかった」
「人工知能と本物の生命と言えば分かりやすくなるでしょうか。
真似るにも限界があるという事です。
じゃないと職人魔法士が存在出来なくなってしまいます。
魔法で作られた物はその職人にしか作れないという事です。
魔法の使えない職人だって、自分にしかない才能や業を持っているでしょう?
魔法も真似されないように工夫がされてるんです。」
「へぇ~」
「あと、魔法にはもちろん禁忌が存在します。死者の蘇生や傷や病の完治術など。神の領域に触れる魔法は使えません。
それともう1つ。誰かへの憎しみや殺意のこもった魔法です」
「戦争に魔法士が出られないっていう」
「そう、僅かでも誰かを傷つけようという思いのこもった魔法は魔法士を時には死まで追い込む罰が下ります。
だから職人魔法士も、兵器など作れないようになっているんです。」
「でも、それならどうして?魔法士の作ったモノが戦争に利用されるの!?」
「簡単な話です。」
トッドの表情が険しくなった。
「例えば職人に…子どもに与える人形を作ってほしいと頼むとき…核だけが欲しいと言います。つまり人形の心臓部分のみ。
職人は、子どものおもちゃと信じ込み、核部分を大量に生産し売り渡した。
この時魔法士の思いには憎しみの感情はないでしょう?」
「まさか・・・騙したの!?」
「それが殺意を持たせずに職人魔法士の人形を軍事に利用する作戦だったんです。魔法士をかつて壊滅にまで追い込んだ戦争のきっかけです。」
「……」
「生き残った魔法士は秘策を考えて…そのおかげで今は職人魔法士の作ったモノが利用されることも本当に少なくなりました。」
「秘策って?」
トッドの表情が緩む。シーナに優しく微笑みかけた。
「まだシーナには教えられません。魔法士職人生命のかかった重要機密です。」
「…まだ未熟っていうこと…ですよね」
「そうですね、精進してください。」
トッドはクスクス笑いながら席を立った。
「以上、僕の講義は終了。さて、休憩もしたことだし夕飯までにもう一仕事しますか」
「あ、私も夕飯の仕上げしちゃいますね」
シーナが席を立とうとしたその時
「すみません、すみませーん」
玄関から女性の声がする。
「お客かな、シーナ。出迎えてあげてください」
「はい!」
扉をあけると、髪の短い女性が純白のワンピースに身を包み立っていた。
「こちらに、修理屋さんのトッドはいるかしら」
大人の色気ある風貌にシーナは息をのむ。
「どちらさまでしょうか」
トッドが玄関にやってくると女性は照れるように笑う。
「お久しぶりです。リリィの友人のアメリアです。髪をバッサリ切ったから分からないかしら。」
「あ・・・あぁ!アメリアさん」
トッドはしばらく考え思い出したようだった。
「今日はね、ある物を修理してほしくてここまで来たの。聞いてくれる?」
「もちろんです。工房でお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろん」
アメリアを含め、シーナ、トッドの3人は工房へと移動した。
「これなんですけど・・」
アメリアは黒く焼け焦げた懐中時計を差し出した。
「うわ、真っ黒でボロボロ・・」
シーナはポロリと言葉が漏れた。
「アメリアさん・・この時計」
トッドは神妙な顔で時計を見つめていた。
「この時計の時間を・・進めてほしいの。」
「焼けた跡から、かなりの年数が感じられますけど・・いつから止まっているんですか?」
トッドは真剣な表情で問う。
「3年前よ。」
「それをどうして今・・直したいと思ったんですか」
アメリアは、ふと寂しそうな表情を見せた。
「私・・近いうちに結婚するの。これは・・昔の恋人の形見なのよ。
彼、炭鉱の爆発事故に巻き込まれて死んじゃった。
いつもずっと身につけてた懐中時計も、黒こげよ・・・。」
「恋人の形見の時計だったんですか」
シーナもつられて寂しい表情になる。
「前に進むために、髪もバッサリ切ったの。それに・・この止まった時計が、私の時間も止めているんです。
この時計が時を刻まないと・・私も前に進めない」
「・・・・・・・・・」
トッドはしばらく黙りこんだ後、重い口を開いた。
「アメリアさん。貴方には2つの選択肢から選んでいただく必要があるんです」
「2つの・・?」
トッドは人差し指を立てる。
「まず1つ。この懐中時計、修理するとしたら、焼け焦げた部品を新しくしなくちゃいけない部分が多すぎて
修理出来た頃にはほとんど別物になってしまう。
僕の魔法を使っても同じことです。
新品同様にすることが出来ますけど・・本当にいいんですか?」
「・・・・綺麗になってしまったら・・きっと、彼の思い出まで失われるように思えてしまうのかもね。
でも、私は前に進みたい。時を進めたいの!」
「あと1つ。アメリアさん、貴方の記憶の中の動いていた頃の懐中時計をこの黒こげの時計に重ねることで
この時計を動かすことが出来ます。
でも、再び黒こげになる時がきたら魔法は解けて元の黒こげの懐中時計に戻ってしまいます。
しかし懐中時計が動いてるその間、時計が動いていたその頃の風景ごと空間魔法で再現することが出来ます。」
「つまり・・それって」
「前に進みたいんでしょう?それなら彼に直接伝えたらどうですか?」
「私が・・彼に?」
「直接彼と決別することが、アメリアさん・・貴方の本当の願いなんでしょう?」
「・・・・時計の時を戻して、生きていた頃の彼に会えるってことなのね?」
「幻・・ですけどね」
アメリアはしばらく俯いていた。
そしてゆっくり顔をあげる。
「いいわ、この時計に魔法をかけて。
直接彼に、私が結婚して前に進むことを伝える。それが幻でも構わない。
前に進むためだもの」
トッドは黙って頷いた。
「分かりました。では今から1時間後、もう一度ここへ来てください。
もちろん懐中時計も忘れずに」
外はすっかり日が暮れて、三日月がぼんやりと工房を照らしていた。
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「はいシーナ、今回はものすごく大変です。」
ところ変わって、黒い煉瓦に囲まれた部屋にいた。
「どう、大変なんですか?」
「大きな空間魔法です。今回は僕も手伝います。この壁中に魔法陣を書きますよ。しかも前回よりかなり複雑な」
「は・・はい!」
「床、天井、四方の壁に魔法陣を張り巡らせます。シーナはこの紙をこの前のように口にくわえて魔法陣をなぞってください」
トッドはシーナに紙を渡し、シーナはそれをくわえる。
「シーナは床と天井をお願いします。私は四方の壁を・・。」
2人は一心不乱に魔法陣をチョークで描きだし、なんとか1時間以内に済ませた。
シーナはすでにクタクタであった。
「こんばんは・・」
ゆっくり扉を開きアメリアが工房へ到着した。
「お待ちしてました。早速始めましょう」
玄関で出迎えたトッドがアメリアを工房の中へと導く。
「懐中時計は持ってきてくれましたか?」
「はい!ここに・・」
アメリアは服のポケットから焼け焦げた懐中時計を出して見せた。
「それじゃあ、その懐中時計を握りしめて。魔法陣の中心の円に立ってください」
「はい。」
アメリアは懐中時計を握りしめ魔法陣の中心の円の上に立つ。
「シーナ、こちらへ」
「はっ・・はい!」
クタクタになって座り込んでいたシーナは慌てて立ち上がりトッドの元へ駆け寄る。
「アメリアさんの隣にある円に、この水晶をアメリアさんに差し出すように突き出して持っててください」
「分かりました!」
トッドから水晶を受け取り円に入ると、アメリアに差し出すように水晶を突き出した。
「シーナ、そのままの状態を保ち続けていてください」
「はい!」
「いい返事ですよ、その調子です」
トッドはマントを羽織りフードを深く被る。
「さぁ、今から今回の魔法について説明していきます。
今回は、この空間にアメリアさんの記憶の中の風景を重ねる魔法を行います。
アメリアさんは、タイムスリップの様に、亡くなった恋人の・・生きていた時代を体感していただきます。
アメリアさんの記憶を、シーナのいる円に送りこみシーナの持つ水晶に映し出します。
つまりシーナの持つ水晶はフィルムの様なものです。それを・・」
トッドは掌から青白い炎を出す。
「この炎で照らして映し出します。この炎は映写機の役割みたいなものです。水晶に炎をあて
部屋全体に反射させることで部屋全体に魔法をかけることが出来ます。
その間は僕たちの姿も見えませんし、貴方にはその空間は本物同然に体感できることが出来ます。
心おきなく、彼に想いを伝えてきてください。」
アメリアは黙って頷いた。
「目を閉じて。」
アメリアは、言われるがままゆっくりと目を閉じる。
「始めます・・!」
その時、トッドの放つ炎が小さな爆発を起こした。
「どうしたんですか!?」
アメリアは驚きトッドの方を振り返る。
「あ・・、あの、久しぶりだったんで、加減を間違えてしまいました。今度こそ・・すいません」
「分かりました」
アメリアは再び目を閉じる。
「・・始めます」
トッドは小さく揺らめく青白い炎を手のひらから出し、水晶を照らす。
すると照らされた水晶は眩い光を放ち部屋全体を照らしだした。
「・・アメリア、アメリア!」
アメリアの耳に懐かしい声が響く。
ゆっくりと目を開くと、懐かしい姿が目の前に立っていた。
「アメリア、どうかしたのか?」
「レイ・・?」
アメリアが、目を開くと、そこはアメリアの部屋だった。
目の前には、亡くなった恋人、レイが立っていた。
「なにボケッとしてんだよ、しっかりしろよ」
「ご・・ごめんレイ。最近なんか寝不足で」
アメリアは必死に動揺をごまかす。
「大丈夫かよ。あのさ、この誕生日プレゼント、開けてもいいか?」
「誕生日プレ・・あぁ、いいよ!開けて開けて」
レイは喜びながら白い袋に付いている赤いリボンをほどき、中身を取り出す。
「うわ、懐中時計だ!」
中から出てきたのは先ほどの黒こげていたはずの懐中時計が、新品同様にピカピカになっていたものだった。
アメリアは、レイの誕生日に懐中時計を送ったことを思い出し
過去に本当に戻ってきたのだと実感した。
「時計、欲しかったっていってたでしょう?」
「うん!ありがと、大事にするよ。うわ、すげー嬉しい」
はしゃぐレイをアメリアは懐かしむように見つめていた。
「・・アメリア、なんかやっぱり元気ないよ。どうかしたのか?」
「えっ!?・・ううん、そんなことないったら」
レイははぁ、と大きくため息をつくと、アメリアの手をとる。
手を握られた感触があることにアメリアは驚きレイの顔を見つめる。
「手握ったくらいで驚くなよ、ほら。行くぞ」
「あっ、ちょっと!」
レイはアメリアを外へ連れ出した。
外は広く大きな並木道で、散歩には絶好の一本道が続いていた。
紅葉で色づいた葉の並ぶトンネルの様な並木道をゆっくりと2人で歩く。
「アメリアは、いっつも何か落ち込んだりしてる時に、この道歩いて、他愛もない話して帰る頃には
すっかり悩んでた内容なんて忘れてるんだよ」
「うん・・」
「この道好きだったもんな」
「・・うん」
レイはふと立ち止まる。
「ちゃんと俺に話してみ?何があったんだよ」
「・・・・」
アメリアはぐっと唇を噛みしめる。
今にも泣き出しそうなアメリアをレイは心配そうに見つめて、アメリアの頭にポンと手を置いた。
「・・意地悪しちゃったな、ごめん」
「え・・?」
アメリアは戸惑いながらトッドの顔を見上げる。
「お別れ、言いに来てくれたんだろ?」
「え・・?」
アメリアがますます戸惑う。
「実は・・シーナって女の子の身体借りてこの空間に入り込んだんだ。」
「じゃあ・・」
「久しぶり、3年ぶりだよな」
レイは苦笑しながら笑いかけた。
「レイ・・、レイっ!」
アメリアは涙をぽろぽろ流しレイに抱きつく。
「おいおい、もうすぐお嫁さんになる子がメソメソしてちゃダメだろ」
レイはアメリアの頭を優しく撫でながらささやく。
「・・・レイ、私・・やっぱりレイ以外考えられないよ。レイとずっと一緒にいたい」
「それは無理だよ。それにアメリアは俺にお別れ言いに来てくれたんだろ?最初の目的忘れんなって」
「・・・」
アメリアは再び口をつぐむ。
「いっつも、何をするにも俺の顔色うかがって、気遣う子だったから心配で、空にもあがれなかったんだぞ?そろそろ楽にしてくれよ」
「・・・・だって」
「本当はすっげえ寂しいし、ずっとそばにいてあげたかったけど。その懐中時計、大事に持っててくれるだけで俺は十分だから。」
「レイ・・」
「もう俺の顔色うかがう事なんてしなくていいから。覚えていてくれるだけでいい」
「忘れるなんて絶対にしない!」
「はは、ありがと。たいせつにしてもらうんだぞ」
「うん・・・」
「じゃあな・・、さよなら」
頭をなでてくれた手が離れたのが分かった。
はっとして顔をあげるとそこはもう、黒い煉瓦の部屋だった。
「アメリアさん。魔法が解けました」
目の前にはシーナが眠っていた。
「・・レイが、会いに来てくれたんです。」
アメリアが黒こげの懐中時計を見つめて呟く。
「そのようですね。炎が爆発した理由が分かりました。」
「シーナちゃんの身体、勝手に借りてたみたいですね」
「役に立てて嬉しいと喜ぶはずです」
アメリアは立ち上がった。
「ありがと、トッド。ちゃんとお別れが言えたわ。時計は、元に戻っちゃったけど、確かに動いてたから。もういい」
「お役に立てて光栄です。」
数日後、アメリアと街の男性との結婚式が行われた。
純白のウェディングドレスに身を包んだアメリアの首には
懐中時計がかけられていたという。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
いつものように修理を行っていた。
街の子どもの壊れた船のおもちゃ。
部品をくっつけ、研き再び動きだすように命を吹き込む。
「…あれ」
ネジを持つ手が震えていた。
片手で震える手を握っても震える手が止まらない。
「まずいな…あれっ、くそ……」
震えを止めようとする手に力が入る。
その時、洗濯物を干し終えたシーナが工房に戻る。
「トッド!?」
何事かとシーナがトッドの手に触れた途端に
不思議と手の震えが、ピタリと治まった。
「……」
「大丈夫ですか…?」
トッドは神妙な顔つきで、じっと手を見つめていた。
しばらくして、トッドは無言で立ち上がると、工房のドアにかけてある、朱色の帽子を深く被った。
そしてジャケットを着ると、ようやくシーナに向き直る。
「シーナ急で申し訳ないのですが、僕これから隣街に行ってきます。」
「えぇ!?」
「…いや、ちょっと体調悪いみたいで。隣街にかかりつけの病院があるので・・・
診察してもらってきます。すぐに戻りますから、留守番お願いします。では…」
「ちょっと…」
「あ!そういえば」
トッドは笑顔で振り返った。
「シーナ、今日午後から街でお祭りが開かれるんです」
「お祭り?」
「えぇ、収穫祭です。忘れるところでした。丁度よかった」
「待ってください!シーナに1人で行けっていうんですか!?」
「あ・・あぁ~リリィさんに連絡してみます。ちょっと待っててください」
トッドはリリィに連絡をとり、午後にシーナを迎えに来てほしいと頼んだ。
「快くOKしてくれました。家の戸締りを忘れずに、これは鍵。工房は僕が閉めていきますから。」
「・・・・・・」
シーナはトッドから家の鍵を手渡されたが、しょんぼりしていた。
「収穫祭!きっと楽しいですよ、シーナが思うよりこの街は広いですし、大きな祭りです・・し・・・。」
「行ってきます・・」
シーナはふらりと工房を出てしまった。
「・・・今は、仕方ないんです」
そうポツリと呟くと、トッドは早々と工房を後にする。
丘を下ったトッドは帽子を限界まで深く被り早足で商業区、住宅区を抜けていく。
祭りの準備で賑わう町民の誰とも目を合わすことなく、下を向きながら列車に飛び乗った。
「……行きたくないなぁ」
独り言をポツリとつぶやき、空席に腰を下ろす。
隣街には30分ほどで到着した。
駅のすぐ裏に、古びた病院が建っていた。
「大丈夫・・大丈夫・・、大丈夫・・」
トッドは苦虫を噛むような表情で、ゆっくり病院の中へと入っていった。
その頃シーナは、トッドの家で紅茶をすすっていた。
「トッド…大丈夫かな」
しばらくぼんやりしていると、外から聞き覚えのある声がした。
部屋にノックの音が響く。
「シーナちゃん!迎えに来たよ」
「リリィさん!」
リリィの迎えで2人は丘を下り、街の広場へ着いた。
「うっわぁー!凄い」
トッドが言ったように、広場に集まる人の数は
初めてシーナが街に訪れた時に見た人の数の数倍はあった。
それぞれが露店を開いたり収穫された野菜で作られた料理が配られたりと
広場はとても賑わっていた。
「あとで畑の野菜自慢とか、ミスコンとかイベントがたくさんあるから。
まずは私達もお昼にしましょう」
「はい!」
シーナとリリィは、町民から野菜料理をいただき、広場のベンチに腰掛けた。
「美味しい!」
「街の自慢のレストランのシェフが集結して作ってるからね。
もちろん、野菜本来の旨味も格別なのよ?しっかり食べときなさい」
「はい!」
シーナは幸せそうに料理を頬張る。
そして上品に料理をいただくリリィの姿が目に入ると
肩をすくめ、シーナは小口でちょっとずつ料理を食べ始めた。
昼食を終えた頃、ステージでは街の楽団の演奏が行われ
2人はしばらくベンチに座ったまま音楽鑑賞をしていた。
「あの…リリィさん」
「ん~?」
「トッド……病気なんですか?」
シーナは思い切って切り出した。
リリィの視線は真っ直ぐ、楽団の立つステージに向けられたまま返事をする。
「私の口からは…何も言えないわ」
「……………」
シーナはしょんぼりと俯く。
「彼は、この街に来た時にはもう…ボロボロだった。」
「どういう…意味ですか?」
「初めてトッドに会った時…、まるでこの子、恐怖とか…絶望とか苦悩とか悲しみとか…一生に味わうツラい事…
あんな若くて、か細い体をボロボロにして、全部抱え込んでるように見えた。きっと今もそう…」
「…………」
シーナはポカンとしていた。
それを見たリリィは優しく、少し淋しそうに微笑むと
シーナの頭をくしゃりと撫でた。
「だから、あんまりあの子が無理しないように、しっかり支えてあげてね。シーナちゃん」
「…………」
シーナは複雑そうな顔をして黙って頷いた。
「あと、トッドがもし…自分にたくさん隠し事してるんじゃないかって思うことがあったりしたら…」
シーナはドキリとする。
今日、半ば強引にトッドが1人で隣街に行ってしまった事
腕の震えのわけを誤魔化されたことも気になっていた。
「シーナちゃんを信頼できないから、秘密にしてるんじゃないよ」
シーナにとっては意外な発言だった。
「すぐに分かると思うから。」
それからは、2人からトッドに関する話題は出なくなった。
一方その頃隣街の病院では、トッドの診察が行われていた。
「うん、脈拍…体温、肺や胸の音にも異常はなさそうだね。」
白衣を身にまとう中年のドクターがトッドに診察結果を伝える。
「…あの、僕の症状の現れる周期は…」
おそるおそるドクターに問うトッド。
するとドクターは首をゆっくり横に振り、ため息混じりに呟く。
「僅かだけど…また短くなってるね。」
「………」
「トッド、魔方士専門の医学は今も確実に進歩してる。それにこれは薬さえあれば問題ない、少し頻度が増えるだけだ」
「僕もいつか…父さんみたいになるんでしょうか」
ドクターは、くい気味に答える。
「君とお父さんは違う、それにあれは、君の作品を守るための勇気ある行為だ。
本来苦しむのが…君も含めて魔法士なことが私には、ずっと疑問なのさ。
だからこそ、君の恐れているような事には、私がさせない」
「魔法を使ってる間は…いつも怖いくらい心が落ち着くんです。
魔法士が魔法を使わないのは…魔法を使い寿命を消費することで…
人間と均整を保つ…この世のことわりに背く行為ですから」
「つらい運命だ」
「薬の効果が切れ始めた途端に暴れだすんです。
職人なら…早くモノを生み出せって。職人を捨てた僕への罰のように。」
「…トッド」
「怖いんです!職人の腕を捨てた僕は…いつか自分に流れる職人の本能に呑まれて狂ってしまうんじゃないかって…
段々薬の切れる周期も短くなってきたし。先生…僕の手はこれからも…凶器を生みたいと疼き続けるんですか…?」
「君の作品は凶器なんかじゃなかった、あれは利用されただけだ。」
「それでも僕が作り出したことには変わりないでしょう?僕の手は…、僕の手は汚れてる」
トッドの手は、カタカタと震えていた。
「自分をそんなに蔑んではいけない。自分の作品をそうしたくなかったから君は自らああやって…」
「…とにかく、もっと強い薬をください…、お願いします」
トッドは席を立ち病室をあとにした。
「おかえりなさいトッド!」
帰宅すると、シーナが元気に迎えてくれた。
「ただいま、お祭りどうでした?」
「収穫祭とっても楽しかったですよ、もうお料理も美味しくって美味しくって。
ほら、これ!こんなに野菜もいただいちゃったんですよ?」
机一杯にたくさんの野菜が置かれていた。
「うわ、すごいですね」
「今日はリリィさんに手伝ってもらって、たっくさんお料理も作りましたよ!
あ、そうだ牛の面白いコンテスト!クラウさんの牛優勝したんですよ?
もうすごく大きな、こーんな立派な牛が」
「へぇ~」
「あ、あと街一番の美人を決めるコンテスト!
グランプリ、アメリアさんだったんですよ、と~っても綺麗だった」
「素敵ですね」
「あとは~えっと、え~っと・・」
トッドはクスクスと笑いだした。
「本当に、とっても楽しかったみたいでよかった。
シーナ、僕お腹ペコペコなんです。
リリィさんと作ったお料理、早く食べてみたいな」
「あ、はい!すぐに温めなおしますね!座って待っててください」
シーナは台所に駆けていく。
「シーナ」
「はぁい?」
料理を温めなおしながらシーナは鼻歌交じりに返事をする。
「今日のことも含めて・・いろいろ
いつかちゃんと、全部シーナに話しますから。
ただこれだけは言っておきたくて。
何もシーナを信用できないからとか、未熟だからとかそういうわけじゃなくて・・
えっと、うまく言えないんだけどとにかく」
「私、待っていられますよ?」
シーナはテーブルに料理を並べだす。
「ここにいさせてもらえるなら、私、お婆ちゃんになってもずーっと待てます。
今日はしょんぼりしちゃってすいませんでした」
「あ・・いや・・」
「さてと!いただきましょうか!私もお腹ペコペコ!」
「シーナ、あの僕」
「はい手を合わせてっ!」
「っ!」
トッドは反射的にシーナにつられて手を合わす。
「いっただっきま~す」
「い、いただきます!」
慌ただしく2人の夕食は始まった。
「本当に、今日の料理すっごく美味しい」
「そうでしょ?」
「特にこのニンジンのニョッキなんて本当ものすごく」
「あ・・それ全部リリィさんが」
「・・・や・・野菜の!野菜の味がとっても!あーやっぱり旬といいますか」
「下手なフォローしないでくださいよ~・・」
「すみません」
「あはははは、冗談ですよ。ほら、そのパプリカのマリネ、私が作ったんですよ?」
「これですか?」
トッドはマリネを小皿に移し、パクリと一口。
「・・・うん、うん!レモンが利いてて爽やかで、すっごく美味しい」
「やったぁ!」
シーナは幸せそうに微笑み、料理に手を伸ばす。
楽しそうに食事をするシーナを
トッドは手をとめてしばらく眺めていた。
「・・・シーナ」
「はいっ?」
シーナが顔をあげると、頬には白いサワークリームが付いていた。
「・・、うちに来てくれてありがと」
「えっ・・やだそんな改まって、恥ずかしいじゃないですか」
「あれ、恥ずかしい?それはほっぺにクリーム付いてるから?」
「えっ!?あ、うそ恥ずかしい、言ってくださいよ~」
「あはははは」
工房に客の訪れない秋の夜は
2人の笑い声が響き、賑やかに更けていった。
トッドの過去を知る友人が依頼人です。
ここからトッドの過去に触れていきたいと思っています。
早いですが物語の中盤に突入していきます。
秋の風が少し肌寒くなってきた頃のある日。
「トッド、トッド!」
慌ただしくシーナが工房を訪れる。
「どうかしましたか?」
トッドはいたって落ち着いた様子で応対する。
「あの!色々あったんですけど、何から話そう・・えっと。、
買い物帰り、家の前に、1人の女性がいたんです。
お客様ですか?って聞いたら、何も言わずに帰って行っちゃいました。」
「はて、誰だったんでしょうね」
「あと!これが大事な話!トッドの友人とおっしゃられて訪ねてこられた方が・・いるんですけど・・でもぉ~・・」
「でも?」
トッドは作業の手をとめる。
「なんといいますか、あの・・その人・・髪は真っ青、服はダボダボ、大きなサングラスにピアスなんて両耳合わせて8つも!
ジェットボード、でしたっけ!空飛ぶスケボーみたいな派手な乗り物でビュンって!
とにかくその・・ど派手で!」
トッドはクスクスと笑いだす。
「あんな派手で怖そうな人と・・お知り合いなんですか・・?」
シーナはもじもじしながら聞く。
「えぇ、たぶん知り合いです。
大丈夫、その派手な風貌には覚えがあります。
僕の友人です。工房まで来てもらってください。」
「えぇ!?……はい」
シーナは戸惑いながらも、派手な青年を工房へ通した。
「よぉートッド久しぶり!元気だったか」
「帰ってきてたんですね、ギルバート」
「あぁ、2日前に。半年ぶりの帰省だ。」
ギルバートと呼ばれる青年はズカズカと工房へ入ると長机から椅子を引っ張りだしドシンと座る。
「あ、なぁトッド。今日はあの綺麗な姉さんいねーの?名前が…エリィ?」
「エリィじゃなくて、リリィさん!あの人はアシスタントではありませんから。
今アシスタントしてくれてるのがこちらの、シーナ」
ギルバートは工房の玄関で待ちぼうけのシーナに目を向ける。
「なんだ、ちんちくりんじゃねえの」
「なっ、失礼ですよ!?」
シーナは顔を真っ赤にして怒りだす。
「がきんちょで色気もねぇーアハハハハハ」
「トっ…トッドぉ……」
シーナは涙ぐむ。
「ギルバート、言いすぎです…」
「あぁ悪い悪い。」
シーナはトッドの元に駆け寄り、裾を引く。
「トッド、何者なんですか!?こんな派手で失礼な人がトッドの友達だなんて思えません!」
「なんだと?」
シーナはトッドの後ろに隠れる。
「シーナ、確かにギルバートは少し口が悪いですが…。彼は、有名な探検隊の一員で立派な歴史学者なんですよ」
「学者!?」
トッドの後ろから顔だけ出しておそるおそるギルバートを覗く。
ギルバートは照れ臭そうに頭をガシガシと掻く。
「一応な…。マーズ・クリーク探検隊っていうところで、海底とか、大陸とか回って失われた文明の痕跡調べてんだ。
そしたら、人が住むには不可能な場所に、王国が存在して…確かに文明のあった痕跡が残ってたりするんだよ。
俺は、その失われた文明を生きていた人類の為に、生きてたって痕跡を残してあげるために、探検隊に入って研究してんだよ」
「へぇ…」
シーナは真剣な表情で語るギルバートに、いつの間にか目を奪われていた。
「まだまだ解明されてない事はたくさんある。空白の歴史を俺は追求し続けていきたいんだよ。分かるかちんちくりん」
「ちょっ…そのちんちくりんて呼び方やめてください!」
「あー悪かった、うちの探検隊…女がいねーから扱い方分かんねぇんだよ。」
シーナは腑に落ちないながらも、それ以上文句は言わなかった。
「シーナ、家でお茶の準備をしてきてもらえませんか?」
「あ、はい!」
シーナはお茶の準備をしに工房を出ていった。
シーナが出ていったのを見計らったかのようにギルバートの表情は曇る。
トッドはデスクに向かい、作業の仕上げを続けていた。
「何も聞かないのな…いっつも」
「僕は、あなたを友人としていつも招いてるつもりです。ここにお茶だけ飲みに来たって構わないと思っていますから」
トッドは柔らかな笑みを見せ、椅子ごとギルバートの方に向き直る。
「友達だよ。土産話だってたくさんある、お前に聞かせたい話もな…でも悪い、今日は…客として来た。」
「そうですか。いいですよ、僕で力になれるなら、お受けしましょう」
その後シーナがお盆に3人分のお茶を用意し、3人は長椅子に着席した。
「これなんだけど…」
ギルバートが取り出したのは、透明の小袋で保護された1センチほどの紙切れだった。紙は少々黄ばみがあり、古さが伺えた。
「何ですか?これ」
「こんな小さな紙切れだけど…元は写真だったんだ。擦り切れて破けてさ…残ったのはこれだけになっちまった。」
「写真…ですか。」
「トッド、この写真…復元出来ないか?」
「………」
トッドは写真の切れ端の入った小袋を手にとった。
「えぇ、この写真を、ギルバートの記憶から復元する事が出来ます。」
「やった!記憶なら任せろ。完璧に覚えてるから…頼む、俺には時間がないんだ」
ギルバートは苦しそうな表情で訴える。
「時間…?」
「実はな…俺の目、もうすぐ見えなくなるんだ。」
「え…」
トッドとシーナは思わず動揺する。
「変な病気、貰っちまったみたいなんだ…。薬と…このサングラスで強い光から目を守ることで
進行を遅らすことは出来るけど…もう治らないみたいでさ…。
いつか光を無くす前に…この写真をしっかり、目に焼き付けておきたいんだ。」
「いつから?」
「ん?たしか…4ヶ月ほど前だったかな。そんな深刻な顔すんなって。
まだ視力も落ちてねぇし、いつ見えなくなるかは分かんねぇんだからさ。」
「…シーナ、少しの間、席を外してもらえませんか」
「はい」
シーナは冷静にトッドの指示に従い、席を立ち工房を出る。
工房にはトッドとギルバートの2人、しばらく静寂が工房を包む。
「進行は…早いんですか?」
「分からない…いきなり見えなくなる可能性もあるんだと。参ったよ…」
「探検隊は」
「失明したら…辞めるつもりだよ。自分の目で証明出来なくなるなら、あそこにいる意味はないよ」
「……だけど、そしたらギルバートこの先」
「ま、の~んびり実家の農家でも継ごうかね。」
「………」
トッドは俯き黙り込んでしまった。
そして顔をぐっと上げるとトッドはダムが決壊したように喋りだした。
「誰か…治せる医者は?僕の知人に有能な医者がいます、それに医者の知り合いならたくさんいます。
何か治せる方法、僕も探してみます。病名は?もし知られてる病気だとしたらきっと何か」
「もういいって、トッド。」
ギルバートは指を突き出し制止させる。
「…ギルバート、貴方は僕の大切な友人です。あの時…友達が一人もいなかった
僕の唯一の友達になってくれた。あの恩を僕は何も返せていないんです。」
「んな事言うなよ。恩を売りたくて俺はトッドと友達になったわけじゃないぜ?
とにかく、写真。直してくれたらそれで十分だよ。頼むな」
「……1時間したら、また来て下さい」
「ん~、1時間じゃ船止めてあるトコの宿まで帰れないな。家で待たせてくれよ」
「えぇ、構いませんよ?今回は準備は一人で事足りますし。シーナにお茶を用意するよう頼みますね。家で待っててください」
「助かる!」
トッドを工房に残し、ギルバートとシーナはトッドの家の方でお茶をしながら1時間過ごすことになった。
「なぁ、ちんちくりん」
「・・・・・」
「んな怖い顔すんなってシーナちゃん」
「なんですか?」
シーナはぶすっとした表情で紅茶の砂糖をティースプーンでグルグルかき混ぜる。
「同居してんだろ?トッドのこと、どこまでもう聞いたんだ?」
「・・・なんにも、知りません」
シーナの顔が先ほどに増して険しくなる。
「そっかぁ。ほんとに心閉ざしちゃったんだなあいつ・・昔は可愛らしかったんだぜ?まぁ、多少は人見知りだったけど」
シーナはティースプーンを動かす手をとめる。
「知ってるんですか?昔のトッド」
「まぁ、少しの間だけどな。俺もすぐ探検隊入ってアイツと離れたから」
「どんな人だったんですか?」
「ん?可愛かったぜ・・あれは、アイツがまだ7~8歳だったけな。俺が10歳」
「ほぼ10年前じゃないですか!」
シーナは目を輝かせる。
「アイツ、箱入り息子だったんだよ。通ってた学園でもバリバリの職人魔法士特待生。エリート街道まっしぐらの天才だったんだ。」
「え・・・?」
「だから職人だよ、あいつ元職人魔法士なんだぜ?」
「・・・・・トッドが、元職人魔法士・・」
シーナは神妙な顔つきで俯いた。
「あ・・、言っちゃまずかったかな」
シーナは首を振る。
「いいえ?続けて」
シーナはにこりと微笑む。
「ん~、詳しいことは俺も話せないんだけど。とにかく才能に満ち溢れて国中から期待の星だって言われて。
そのせいで・・友達が出来なかったんだよ。妬まれたり、敬遠されたり。
学校に通ったって言ったって、特別個別クラスとかいって部屋に独りきり、孤独なもんだよ。」
「そんな、エリートなトッドと、どうやって知り合いに?」
「ん?それはな、アイツの個別クラス、元々使われてない学園の書庫だったんだよ。
生徒でも何でもない俺は、窓からそこに侵入しては本読んで歴史の勉強してたわけ。
だって誰も来ねぇし、セキュリティも甘かったからさ。そしたら来たんよ、小せぇトッドが」
ギルバートはシシシッと笑う。
「それが出会いなんですね!」
「詳しくはアイツから聞きな。
とにかくその書庫であいつは職人の勉強、俺は隠れて歴史の勉強。
先生の目を盗んではたっくさん話したり、抜けだして外に遊びに行ったり。
仲良かったんだぜ?俺たち」
「へぇ~」
しばらく昔話に花を咲かせていると、準備が出来たとトッドが迎えに来た。
工房に行くまでの間、シーナはトッドの顔を見つめていた。
「・・・・・・・・・・」
「シーナ、どうかしました?僕の顔、何か付いてます?」
「いっ、いいえ?何でもありません」
「そう、ですか」
「トッド、シーナは聞きたいことがあったって、トッドから話してくれるの・・待ってますからね!」
シーナはにこりと微笑むと、工房まで先に駆けていく。
「ギルバート・・なんか余計なこと喋っちゃったみたいですね・・まったく」
トッドは深くため息をついて、重い足取りで工房へ向かった。