丘を登ること数分。
白い柵に囲まれた工房と思われる建物と、赤煉瓦の小さな家の前に着いた。
木製の看板には『よろず修理工房』と確かに書かれていた。
「待ってて、今呼んでくるから」
シーナを、柵の外に待たせ、女性は家に向かう。
「トッド、出てきて。アシスタントさんがいらっしゃったわよ!」
ドアをノックして大きな声で呼ぶと、ゆっくり扉が開き、1人の青年が出てきた。
シーナは、はっと息を呑む。
ゆったりとしたパーカーとズボンに身を包み、肩に届くか届かないほどの焦げ茶色のボサボサした髪。
少し垂れ気味の目からは穏やかそうな性格が伺える。
「こんにちはリリィさん」
「こんにちは。来てくれたわよ、アシスタントさん」
「あぁ、そっか。来てくれたんだ」
シーナは青年と目が合った。緊張から、思わず直視できず俯いてしまった。
青年はゆっくり柵の外にいるシーナに近づき、目の前まで近づいた。
「初めまして。君の名前は?」
シーナはゆっくり顔を上げる。
「シ…シーナです。16歳です」
「そう、シーナ。僕はトッド、18歳。この工房で町民の日用品や耕具の修理をしています。よろしく」
トッドから握手を求める手が差し出された。
「よろしくお願いします!」
シーナはその手を両手でしっかりと握った。
「じゃあ、私はこの辺で」
「ありがとうリリィさん」
「案内してくれて、ありがとうございました!」
先ほど案内してくれた女性、リリィがトッドへの挨拶を終えると、丘を下っていった。
「さぁ、中へどうぞ。長旅で疲れたでしょう。お茶でも飲んで話しましょうか」
トッドに導かれてシーナは部屋へと入った。
木製のテーブル、椅子に衣裳棚。
必要最低限の家具が揃えてある家だった。
トッドはお茶の準備をしながら、リビングの椅子に座ったシーナに優しく話し掛ける。
「先日、そちらの学校の学長が挨拶に来てくださいました。卒業試験に合格されて、喜びも一入だったでしょう?なのに、僕の所なんかで本当によかったの?」
お茶の用意が出来て、シーナと向かい合うようにトッドも席に着いた。
「いえ、ここがよかったんです!」
「ここが?どうして」
トッドはきょとんと首をかしげる。
「だってここしか求人が残って…あ…」
失言と思いシーナは口をつぐみ俯く。
怒られると思った。
するとトッドから笑い声が聞こえる。
「ハハハ、やっぱり。もっと職人らしい職人がいる工房に行きたかったんだよね。」
「………」
「本当はね、求人も出すつもり無かったんだよ。僕は職人って名乗れるような仕事してないから。それでも、リリィさんが修理職人と僕に名乗らせて求人を募集してくれたんだ。」
確かにテイラー先生も言っていた。
生み出してなんぼの職人なのに変だと。
リリィとは、先ほど案内してくれた女性の事だろうか。
「リリィさんって?」
「あぁ、さっき君をここまで案内してた人だよ。この工房もリリィさんが提供してくれて。僕がこの街に来た時からとてもよくしてくれてる人なんだ。」
「いい人ですよね!リリィさん!」
シーナはまるで子どものようにはしゃいだ。
この街で初めて優しく声をかけてくれ親切にしてくれた人の事だったからだ。
「うん、とってもいい人だよ。それで、シーナ。君はどうしたい?無理にとは僕は言わないし、別に行きたい工房があるなら僕も探すの協力するよ?」
「いいえ?その必要はありません。私みたいな落ちこぼれ…どこも雇ってなんかくれません。それに、私は今まさに運命を感じているんです!」
シーナは即答だった。
もう迷いはなかったのだから。
運命も感じていた。
「運命?」
「ここで会ったも何かの縁!私シーナ、全身全霊でアシスタントします!」
シーナのテンションの高さに驚きながらもトッドは優しく微笑んだ。
「そう。君がいいなら僕は大歓迎だよ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします!」
2人の生活が始まったのであった。