「どうにもならない不運って悔しいよね」

俯いて見つめるばかりの私に、天恵は目の前から降ってきた。
結構長い間モヤモヤ漂っていた薄灰色の雲を一瞬で霧散させるという大業を、直はハンバーグを切り分けることと同時にやってのけた。

「諦めるしかないって理屈でわかっててもできないし」

強く共感するあまり抱きつきたい衝動に駆られたけど、間に横たわるテーブルと培ってきた良識の両方に阻まれたので、代わりに自分の両手を強く握り合わせた。

「そうなの! 何にぶつけることもできないモヤモヤが少しずつ少しずつ溜まって、だけどあまりに些細なこと過ぎて誰にも言えなかったの。そもそも今朝から赤信号に連続で捕まったり、トイレットペーパーやコピー用紙が次々切れたり、なんだかうまく行かないことが多くて。些細なことなんだから忘れて切り替えたらいいのに、うまくできないの」

「気持ちの切り替えはかんたんじゃないよ」

「直でも?」

「不運とは少し違うけど、後悔ばかりでウジウジしてるよ。切り替え早い人には『その後悔、何かの役に立つの?』って言われたことある」

はああああああ、と毒素を含む深いため息が出た。
スタンプ一個を惜しんでいるなら買い足せば済む話なのに、なんでそこまで私はこだわっているんだろうって、自分でもわからなかった。
些細な不運を切り替えられないまま次の不運に見舞われて、一日中落ち込んでいただけなのだ。

さっきまでわからなかった芳ばしい匂いを急に感じて、ハンバーグに箸を入れると、柔らかいのに崩れずスッと切れた。
口に含むとびっくりするくらい肉汁があふれてくる。

「すごい肉汁! ハンバーグなのにものすごく肉だね」

「しっかり肉汁が閉じこめてあるから、ナイフで切ったときじゃなくて噛んだ時に出てくるんだって」

「おいしい。食べれば食べるほどお腹すいちゃう」

「あはは!」

ジューシーなハンバーグには少し固めのライスがとてもよく合う。
単純においしくて止まらないことと、陶器のお皿にくっついたご飯つぶを取ることに集中し過ぎて、つい会話も忘れていた。
そんな沈黙も気にならなかった。

「最近、会社の方はどう?」

うちの会社に興味を持った直は、会うたびこの質問をしてくる。

「この前、社長が扇風機とブラジル人を━━━━━」

グフッ! ゲホゲホゲホゲホ!

まだ冒頭すら言い終わっていないのに、直はハンバーグなのかブロッコリーなのか、とにかく喉に詰めてしまったようだ。
私は人殺しになりたくない一心で、直の背中をバンバン叩いた。
ようやく息を整えた直はお水を少し飲んで、改めて爆笑する。