電車を一本乗り換えて駅から十分ほど歩いたところにある洋食屋さんは、半分ほど席が埋まっていた。
長い年月使い込まれたテーブルは飴色で味がある反面、取りきれない油でベタベタしている。
メニューには『ハヤシライス』『ナポリタン』とシンプルな名前が並んでいたので、私は当然『ハンバーグ』を選んだ。

「ハンバーグとライスを二つずつ」

店主の奥さんと思われる女性が復唱して下がると、直は一口水を飲んだ。

「機嫌悪そうだね」

駅で大泣きしたときもそうだったけど、直はこちらの負の感情に対して動揺しない。
心配するでもなく、腫れ物扱いするでもなく、ごく自然に接してくる。

「うん。自分でもうまく説明できないけど、今日はずーっとムシャクシャしてる」

直は視線だけで続きを促す。

「しょうもないことなんだよ。自分でもわかってるの。よく行くドラッグストアでね1000円で一つスタンプを押してくれるの。50個貯まったら500円割引っていう」

「ああ、たまにあるね。そういうの」

「カゴに入れる時いちいち計算しないで買うと、かなりの確率で2800円前後なの。今日なんて2970円。『歯ブラシ一本足せばよかったー』って」

直との待ち合わせがあるから戻って買い足す時間はないし、そうでなくても単純にその手間をかけるほどのことでもない。

「そういう時って、大抵迷ってやめた物があったりするんだよね」

「そうなの! でもスタンプを押す人はシビアでね、絶対オマケしてくれないの」

「向こうは向こうで売上に影響するからね」

子どもじゃないんだからそれだって想像できる。
私も深く同意した。

「別に恨んでるわけじゃないの。スタンプ一個を惜しむほどケチってわけでもないんだよ。だけどね、なんかなあ……」

本当に恨んでいないかと言うと、一個くらい押してくれてもいいじゃないのよケチ! と思ってはいる。
それでもその一個が惜しくて仕方ないというほどのものでもないのだ。
自分がそのスタンプ問題で何に腹立たしさを感じているのか、そこがこのモヤモヤの一番不可解であり、肝でもあるところ。

少ししてやってきたハンバーグは、おままごとのオモチャにありそうなほど典型的で美しい見た目だった。
きれいな楕円形のハンバーグに赤くてつやつやしたケチャップがトロリとかかっている。
つけあわせはブロッコリーと皮ごと揚げたジャガイモ。
じゅうじゅう音を立てる鉄板は食欲をそそるはずなのに、箸を持つ手は動こうとしない。