え?
「……いないって…お前」
「…死んだんですよ。俺が小3のときに」
稲葉は相変わらず、花火を見上げたまま言った。
「交通事故で。即死だったらしいです」
そう言いながら、目を細める稲葉。
…母親との思い出を…思い出しているのかも知れない。
「何て言うかな…。
母親らしからぬ人で…俺が喧嘩して負けて帰ると、理由聞き出して相手の方が悪いってわかると『仕返ししてやる』とか言う人でした。
でも、いつも笑顔でした。
笑ってないときなんてなかったんじゃないかってくらい…」
想像がついた。
きっと、そんな母親に愛されて育ったからこそ
今の稲葉がいるんだ。
「母親が死ぬまでは、俺の家も先輩のとこに負けないくらいのアットホームな家庭でしたよ」
稲葉は首を少し傾げて、少女のような笑みを見せた。
わたしも、少しだけ微笑みを返した。
「でも…」
冷たく、低い声だった。
聞き慣れた、少し高めの少年のような、稲葉の声ではなかった。
「簡単に…壊れてしまいました」