稲葉は、マヌケな顔をしたまま、ハンカチを見つめていた。
「…わたしは、帰る。
貴様も、気を付けて帰れよ」
「えっ、あ…はい…」
わたしは、まだボーッとした表情の稲葉を背に、土手に上がった。
「……せ…先輩!!」
振り返ると、稲葉が立ち上がってハンカチを握り締めていた。
「……また明日!!」
あぁ
別れの言葉まで一緒か…。
わたしは返事はせず、稲葉に背を向け、片手を上げ
「…また…明日」
と、呟いた。
「あぁ…いい風だ…」
わたしは、ぐっと伸びをした。
サワサワと吹き抜ける風が
優しく、わたしの髪や、頬を撫でた。
懐かしい、風。
この、柔らかい風を抱き締めたいくらい
心が穏やかで、軽いのは
胸に溜め込んでいたものを
稲葉に全て話したからだろうか?
懐かしい過去の恋を
思い出したからだろうか?
稲葉が
壱里への思いを
思い出させてくれたから
だろうか?