家に帰りソファーに座りながらぼんやりと流れるテレビの映像を眺めていると、不意にインターフォンが鳴った。
「はい」
 何の気なしにドアを開けると、そこに居たには……。
 小柄な少女で超がつくほどの美少女……そして腰まで伸びた髪……って、
「あっ、あっ……」
 言葉にならない声を発してしまった。なんたって、そこにいたのは、紛れも無くゆきねだったのだから。
久しぶりの不機嫌そうな顔、もう見られないかと思っていたから涙がでるほど嬉しいぜ。
「よお、元気だったか」
 体の芯から溢れ出しそうな熱いものをぐっと耐え、極めて冷静を装い笑顔を作ってみた。
「ふんっ!」
 なんども見たはずのゆきねのふくれっ面。そうだこの顔だよ。もう見られないかと思っていたから涙がでるほど嬉しいぜ。
「まあ、あがれよ」
 俺の事場に無言で頷くゆきね。居間でソファーに座るも何から話していいかわからない。どれくらい沈黙が続いただろうか。意外にも口を開いたのはゆきねだった。
「闇の世界は完全には消えていないみたい。だから戻って来ることができた」
 いつもの調子で淡々と言葉を紡いだ。
「闇の世界が消えていないって、俺は失敗したのか?」
「失敗はしてないと思う。ニームの作り出す世界の大半は消去された。だけど、一部の闇が消去されずに残ったみたい」
「残ったって、それはどういうことだ」
「私とサクラが生き延びられるだけの闇が残ったということよ」
「その闇は再び拡大していくのか」
「拡大はしないと思うわ。意思を持った闇も居ないし、そのくらい小規模なのです」
「よかった。またあんなのに襲われるなんてのはまっぴらだからな。しかし、何でそんな小さな闇が残ったんだろう?」
「ニームが無意識的に私の存在を察知し、生き残れるよう残した可能性がある。だけど、詳細はわからないわ」
「そっか、でも、これでまた一緒に昼飯食えるな」
 俺の言葉に若干頬を赤らめながら頷くゆきね。
「そうだ……」
 俺は闇の世界でゆきねと最後に交わした言葉を思い出した。
「そう言えば、別れ際に言ってたお姉ちゃんってなんの事だ?」
「なっ!」
 言葉にならないゆきね。一瞬のうちに顔が茹蛸のようになったぞ。
「きっ、聞いてたの!」
「ああ、あんまりよく聞き取れなかったけど、何となくそんな雰囲気かな、と」
「あああ、あれは何でもないの。そう、何でもないわ。ねえ、サクラ」
「そうねえ、そういう事にしておいてあげるわ」
 ゆきねの腰にぶら下がっている猫のぬいぐるみは、笑いを堪えているかのようだった。
「まったく、あんたは、どうしてどうでもいいような事を覚えているのよ」
 口を尖らせるゆきねだが、ここで、俺は一つ疑問が浮かんだ。
「なあ、ゆきね達はこれからどうするんだ?」
「どうするって?」
「巫部の迷いは晴れて一件落着だろ? ってことは、あの世界に帰るのか?」
「さっきも言った通り、ほんの僅かだけど闇の世界が残っているの。私たちはそれを調査しなくちゃいけないのよ」
「って、ことは……」
「もう少し厄介になるから覚悟しておきなさい!」
 そう言ってゆきねは部屋へと階段を上って行くが、よこから見た顔は少し嬉しそうにも見えた。
 俺はソファーに座り直す。もう少しだけ、奇妙な同居生活が続くようだ。高校に入学してから半年も経っていないのに、随分と濃い経験をしたもんだ。しかも、未だ継続中とはな。居間までの俺だったら溜息でも吐くところだが、心なしか楽しみという感情の方が勝っている。はてはてこれから何が起こるのやら。
 そういえば、あの言葉については結局教えてもらえなかったな。ただまあ、一緒に生活をするんだ。そのうち教えてくれるだろう。若干の安堵感と期待感に駆られながら、
「よーし、今日は気合を入れて晩飯つくるぞ!」
そんな独り言とともに、キッチンへと向かうのであった。