さらに一週間ほどが経過したのだが、あの日以来、ゆきねはぱったりと家に帰ってこなかった。一体どこで何をしていることやら。まさか、巫部の事でも探っているのか? まあ、あいつらの勝手な事情に一方的に巻き込まれた俺としては、このまま平穏が戻ってくれるのが一番なんだな。
「……」
 まあ、そういうことにしておこう。
 しかし、もう一つの杞憂の方は絶賛稼働中だ。今日も巫部は喧しさ全開で、あるはずもないもう一つの世界なんてものを探してやがる。
 前の俺ならば辟易として探し物に付き合ったのだが、ゆきねから巫部がニームだと宣言され、狩人から狙われる存在と聞かされたもんだから気が気ではない。こんな素っ頓狂な奴でも、殺すとか処分とかやっぱいやだもんな。
 そんなこんなで放課後、担任教師からの小間使いを終え、そそくさと教室へ戻ってきた。巫部は一人でいつものものを探しに行っちまったし、流石に麻衣も帰っただろうと教室の引き戸を開けると、やはりと言うか、当然というか、誰も残っていな……くはなかった。どこかで見たような後姿。
 しかも、そいつは、この学校の生徒ではない。そこには、制服姿のゆきねが窓の外を眺めていた。こちらからは後姿のため、どのような表情をしているのかはわからないがな。
「よお、今まで一体どうしてたんだ?」
 何の気なしに話しかけると、それまで微動だにしていなかった体が振り返る……。そこで、俺が目にしたものは、日本刀らしき長刀を袈裟切りにかかる少女の姿だった!
「なっ」
 一瞬の事で頭の整理が追いつかない。確かに、出会いは殺されそうだったが、その後は、ニームを探す事を強制され、いわば仲間だと思っていたのに再度俺に向かって斬りかかるだと? 意味がわからん。しかし、この状況を鑑みるに、このままだとあの長刀で真っ二つにされてしまうんじゃないか。模造刀だとしても、この勢いだとかなり痛そうだ。
 俺の脳は瞬間的に危機を感じるも時既に遅し、気付いた時には、ゆきねが手にする刀が俺に触れるか触れないかの距離だった。咄嗟に一歩下がり体を捻ると光のような一閃が目の前を通過した。
「あっ、危ねえじゃねえか」
 やっとの思いで喉の奥から声を絞り出すが、胸の当たりの違和感に視線を下げると、俺のシャツが斜めに裂け、胸から腹にかけ赤い筋が覗いるじゃないか。
「えっ?」
 こんな疑問系しか出てこない。床にはさっきまで俺が締めていたネクタイの半分が落ちているじゃないか。
 頭の中を様々な憶測が駆け巡る。何故俺は再度ゆきねに襲われなきゃならんのだ? しかも、本気で殺しにかかるなんて冗談も甚だしい。なんとかこの場を平穏に収める事を考えないと。そんな事を思っているうちにゆきねはゆっくりと立ち上がり、俺と対峙する形となった。
「どっ、どうしたんだ? そんな物騒なものを持って」
 混乱する思考に冷静になれと指令を出し、視線を上げると、そこには冷めた表情のゆきねの顔があった。
「……」
 俺を見据えるその視線は殺気すら感じさせるほど鋭いじゃねえか。ゆきねは一歩踏み出すと、次には予想だにしていなかった言葉が発せられた。
「……お前を殺す」
 待て、こいつは今なんて言った? 殺す? 誰を。俺を? 何故? 何言ってんだ。
「なっ、何言ってんだよ、冗談がキツイって」
 ゆきねはいつもの口調ではなく、事実を淡々と吐き出すように冷酷さを思わせる口調で真っ直ぐ俺を見つめている。何なんだ、やっぱマジっぽいじゃないか。
「あれから色々調べたの。寝る間も惜しんでね。で、その結果、やっぱりあの女がニームでることに間違いはないわ」
「あの女……って、やっぱり巫部か?」
「そう」
 短く返答したゆきねは、再び刀を構えた。
「まさか、こんな近くにニームが居たなんて、想定外だったわ。でも、よく考えて。普通の人間には到底無理な私への接触と奴らからのコンタクト。その人間がニームと親しかったなんて……一体どういうことかしらね」
「いや、そんなのはたまたまだろ? 俺があの時屋上に行ったのは本当に偶然だったんだから」
「じゃあ、あの女との関係は?」
「いやいや、あいつとは入学式の時に偶然知り合って、もう一つの世界なんてものを探すのを強制的に手伝わされていただけだって。それに、俺はこの前までニームなんて言葉する知らなかったし、巫部がそうだなんて、夢にも思わなかった」
「そう、だけど、こんな状況は偶然じゃ生まれない。私が考えて考えて考え抜いた先にたどり着いた結論は……」
「結論?」
 ゆきねは長刀を振り上げる。その目にはもはや何の感情も籠っていないようだった。まるで台所に出没するゴキブリでも叩き潰すかのように。