「本当は、本当のわたしは、深瀬くんを好きだと思ったことがないの。全部、嘘だったの」


──そんなの…


「当然だろ」


当たり前だろ。マジで言ってるわけがねえ。

んなこと、俺だってハナから本気にはしてねぇよ。

…なのに体の中のどこかが、ほんの少し痛い気がする。


「そうじゃない、そうじゃなくて…!」

「は?」

「わたし、深瀬くんが噂通りの人であることを期待してたの」

「噂?ってなんだよ」

「深瀬くん、色んな噂があったんだよ。知らないの?」

「んなもん知るか」


まず噂自体興味ねぇからな。


「…そっか。それはもうすごい噂ばっかりだったんだよ。で、その中でわたしは深瀬くんが『人を殺したことがある』って噂を期待した」

「──」

「そんなことあるわけないって思いながらも、心の底では望んでたんだ」


─なぜ、それを…。


「…わたしね、自分の機嫌で暴力を奮うお父さんが大嫌いだった。機嫌のいい時だけ無駄に優しくして、コロコロ変わる不倫相手とうまくいかなくなるとお母さんに手を上げて、最低のお父さんだと思ってた。そんなお父さんに文句を言いながら従うだけのお母さんも大嫌いだった」


遠くを見つめながら静かに語る逢川は、初めて見る表情をしていた。


怒っているような恨んでいるような、それでいて憎みきれていないような、何とも言い難い表情に見える。


「でもね、やっぱりわたしの、わたしだけのお母さんだから、見捨てることなんてできなかった」

「……」


その気持ちはわかる。


痛い程、わかりすぎる程に。