夏祭り前日の朝。有紗はいつもの時刻に起き、階段を下りてきた。

「おはよーう、朝食できてるわよ!」

そう言ってきたのは、有紗の母の沙紀さきだった。いつも有紗のことを第一に考えてくれる母だ。

「ありがとう。……よいしょっと……いただきま……

「ねえねえ!今日、一稀君とお祭り行くんでしょ♡?」

思わず有紗は、飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。

「なっ、なんでお母さん知ってんの?!」

「ふふーん!母の情報収集力をあなどるでなーい!」

なんかすごいドヤ顔をされた。有紗はとりあえず落ち着き母に説明した。

「行くといっても、瑠花や愛彩もいっしょだから」

本当は一稀と2人きりで行くのだが、そんなこと言えるわけもなくごまかして
しまった。

「えーーそーなのー?一稀君と2人きりで行けばいいのにー」

また有紗は吹き出しそうになった。どこまで、この母は見透かしているんだ……そんなことを思いながらもなんとか平然を装った。実をいうと、有紗が一稀の事が好きなことは母は知っている。どこからその情報を入手したかは、今でも分からない。

「そんなことできるわけないでしょー(本当はするんだけど……)」

「えーもったいない。どうせなら、そこで「好きだよ」とかいっちゃえばいいにー」

有紗はついに、体に槍で射抜かれたような激震が走った。

「ちょっ!そそ、そんなこと言わないよ?!」

「それじゃー、いつ言うの♡?早くしないと、他の娘に取られちゃうわよ」

「うっっ……」

有紗は反論できなかった。確かにその通りだった。実際いつ取られてもおかしくないような状況だった。
つい、先月だって一稀に2人も告白してきた。そのくらい一稀は人気がある。実際、有紗も頭の中は一稀でいっぱいだ。自分のものにしたいという気持ちがありすぎる。

「まあ、それは有紗次第だけど……どう?今日、瑠花ちゃんや愛彩ちゃんと
 話してみたら」

「そう……だね…分かった」

すぐさま、有紗は自分の部屋に戻ろうとしたとき

「有紗!」

母が呼び止めてきた。

「どうしたの?」

「一稀君なら、有紗を幸せにしてくれると思うわよ。一稀君ならお母さん大歓迎よ」
とニコッと母は言ってきた。有紗は全身が熱くなるような気分だった。

「本当に…?…一稀なら…?」

「ええ。一稀君が『有紗をください』って言ってきたら即答ね!」

その言葉には、確かに自信がみなぎっていた。有紗はその言葉を忘れないように心に刻みつけた。

「ありがとう。明日、がんばってみるよ。」

「うん、有紗ならできるわよ」
有紗はうなずき、すぐさま準備に取りかかった。メールで瑠花と愛彩に来れるか聞く とすぐさま返信があった。2人とも、ちょうど有紗と同じ状況で話かったそうだ。と りあえず、集合場所は商店街にある喫茶店にした。急いで支度をして、玄関を出て いく。

「行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい!」

明日も、このくらい笑顔で一稀といられたらなと有紗は歩きながら思っていた。
                        ・
                        ・
                        ・
そのころとある店に、3人の男子高校生がいた。

「はあーついに、明日夏祭かー」

「ほんと、あっという間だねー時間が過ぎてくの」

「まったくなー」

超グダグダ雰囲気で話していたのは、一稀、春、蒼生だった。ちょうど、練習帰りに 立ち寄ったところだった。こちらも、明日の夏祭りについて話している
 最中だった。

「ところで、一稀はどうするんだ?明日」

「なにが?」

「なにがって…有紗のこと」

「いや……なんにも……」

「なんにもって……もうあれから半年は経ったぞ?」

春が、一稀に問い詰めてくる。半年前、一稀は春と蒼生にいってしまった。

             「俺は有紗が好きなんだ」

つまり……有紗と一稀は両想いということだ。ただ、お互いに知らないだけ。

「そういう、春と蒼生はどうするんだ?」

両想いなのは、一稀だけではない。春と蒼生もだ。

「俺は、明日瑠花に…告白してもいいかなって…思ってる」

「同じく、愛彩に言おうと考えている」

「ちょ?!マジかよ!?」

「一稀も、明日にしなよ!いつ有紗が、他の男子に取られるか分かんないよ?!」
 ………どっかで聞いたことがあるセリフだ。だが、確かに躊躇している場合ではない と一稀は思い2人に告げた。

「明日、告白す…
「こんにちはー、3人なんですけどー

ほぼ同時に一稀と誰かの声が重なった。3人は声が聞こえたほうを見ると……
そこには、神のいたずらとしか思えないような光景が広がっていた。
入口には、有紗・瑠花・愛彩が立っていた。6人がそれぞれ目が合うと

         「一稀?!」     「有紗?!」

         「春君?!」     「瑠花?!」

         「蒼生君?!」    「愛彩?!」

お互いに名前を呼び合う声だけが、店内に響き渡っていた……