演奏を終えると、凛音がサッとヴァイオリンケースと松葉杖を差し出した。

ヴァイオリンを仕舞っていると、老夫婦が声を掛けてきた。

「何だか体が楽になって。観て、この人の体の強張りも……ほら」

婦人が夫の手足を擦り、夫が手足を曲げ伸ばし笑顔を見せる。

「あらっ、朝ご飯にいらした時は奥さまが手を添えておられたのに」

仲居たちが老夫婦をしげしげと見つめ、口々に声を出している。

「そうなんだ。曲が聞こえて間もなく体がフッと軽くなって、気がついたら立ち上がっていた……妻の手を借りずに」

「去年この人、脳卒中で倒れて左半身が利かなくなってしまって、リハビリを続けていたんですよ」

俺は老夫婦が嬉しそうに話すのを見上げ、唖然と聞いていた。

「不思議ね、あなたのヴァイオリンの音。体の奥から何だか力が湧いてくる。思い切って、気分転換に旅行して良かったわ」