「…大河。お前の成績なら名門私立女子校の推薦とれるのに、なんでスポーツ名門だが学力は普通のとこにしたんだ?」
「え、えーっと…ですね~…」
理由はただ一つ。
進路を一緒になって考えてくれた先生。
その先生が推してくれた私立女子校をやめた理由。
それは……
「す、好きな人がその高校にいるから!…です」
ドンッ
床と朝の挨拶をして目が覚めた。
額がジンジン痛む。
全然アラーム聞こえなかったし、何のためのアラームだよ。
時間はまだ早いからいいけどさ。
後で鳴っても嫌だからアラームをオフにして部屋を出る。
階段を降りると「嫌だもうお父さんったら」という甘ったるい声を聞かなかったことにして洗面所で顔を洗う。
そろそろ終わったかな。
そう思ってリビングに来たけど、まだ空気が甘かった。
「おはよーございまーすー」
「…あら澪!おはよう!」
「お、おはよう澪!」
キッチンでイチャついていたお母さんとお父さんは、慌てて距離をとってあたしに挨拶をする。
二人は見ての通り仲が良い。
別に入るつもりもないけど、それは娘のあたしが入る隙もないくらい。
夫婦だからいいことなんだろうけど、年頃の娘がいることを忘れないでほしい。
二人に呆れてため息をついて、椅子に座ろうと椅子を引いた。
「あ、澪!今日はてっちゃんも朝食一緒だから、起こしてきてちょうだい」
「はぁ!?なんであたしが!やだよ!」
ただでさえ朝は不機嫌なのに、さらに不機嫌にさせようとしてる。
「やだっていつも行ってるでしょ?早く行ってこないと学校遅れるわよ!」
「…~~っ、分かったよ!行けばいんでしょ!行けば!」
座ろうとした椅子を戻して、再び階段を上がって自分の部屋に入る。
あいつのこととなるとお母さんは人使いが荒い。
絶対お父さんとのイチャイチャタイムを邪魔されたから、その仕返しだ。
部屋のベランダに出るとベランダは隣の家のベランダに通路のように繋がっていて、そこを歩いて隣の家へ入る。
このご時世に窓に鍵をかけないのはきっとあたしとこいつだけ。
「…入るよ」
ゆっくりと入ると、部屋のベッドがまだ盛り上がっていた。
朝練ないからって寝過ぎでしょ。
ベッドに盛り上がっている塊をユサユサと揺する。
「起きて!お母さんがご飯出来たって!」
できるだけ大きな声で、そして激しく揺すっても奴はいっこうに起きない。
こいつの寝起きの悪さは最上級。
こうなったらもっと耳元で叫んでやる。
そう決意して奴の耳元に顔を近付けて、思いっきり息を吸い込む。
「おーきー…っわ!?」
いきなり布団の中に引きずり込まれた。
奴の匂いに包まれて、鼓動が速くなる。
背中に回った奴の腕の温もりが伝わって、全身が熱くなる。
「ちょ、ちょっとテツ!?離して!てか離れろ!」
「…んー…うるせー抱き枕だと思ったらお前か…」
ダルそうだけど寝起きじゃなくて覚醒しきった声。
これは間違いない。
「…わざとでしょ?」
「……あり?バレた?」
顔を上げて奴を見ると、細い目をパッチリと開けてニヤリと笑っていた。
やっぱり確信犯だった。
この憎たらしい性格をしてるこいつは、幼なじみの黒岡 鉄也。
あたしは小さい頃から"テツ"と呼んでる。
テツは同じ高校に通う二年生であり、あたしの好きな人。
好きになったきっかけなんてたくさんありすぎて、話しきれない。
それくらいあたしはこいつが好きで、大好き。
素直じゃないあたしはテツに好きだなんて伝えたことはない。
だって恥ずかしいし、それに…
ていうか……
「いつまでこうしてるつもり?早く離して!」
「えぇ~、だって襲われたからには答えてやらねーと……な?」
「…なっ!?襲ってないわ!」
「いてっ」
テツの額を指で弾いて、腕の力が緩んだ隙にベッドから抜け出す。
し、死ぬかと思った……!
だってあんな色っぽい声で囁かれて、覚醒していたとはいえ寝起きの色っぽい目で見つめられ続けたら…心臓跳び出るかと思った。
「は、早く来なよ!」
「へいへーい」
真っ赤な顔を見られたくなくて、背後にいるテツに早口で言うと素早く立ち去る。