「隼人、寝起き悪いねん。」
付け加えるように言った言葉は困ったような声色だった。
「そうなの?」
いつもあんなに明るい隼人くんの寝起きが悪い姿は全く想像出来ない。どちらかと言えば誰よりも早く起きて、眩しい笑顔を「おはよー!」向けてそうなイメージなのに。
「あれ…そう言えば今日学校は?」
「愛理ちゃん、今日は土曜やで?」
「――あ…」
そ、そっか。言われるまで全く気付かなかった。学生じゃなければ社会人でも無い。そうなってくると時々日付感覚から曜日感覚まで無い時があった。つまりダメダメな証拠だ。
優はクスクスと笑いながらもあたしを見上げる。小馬鹿にするような笑い方では無くてそれは何と言うか言葉に困る甘ったるい笑い方。アホやなー、くらいには思っているんだろうけど。
「優さん絶対あたしの事年上って思ってないよね」
「そんな事ないで?ちゃんと愛理ちゃんは年上のお姉さんとして見てます」
「だってあたしより大人っぽい表情するしさ、言動とかもさ。後頭撫でてくるし!絶対年下扱いだあれは!」
「そういうのちゃうから。なんやろなー愛理ちゃんってふわふわしとって触りたくなんねん」
ふわふわ…このパーマの事だろうか。何となく指先に巻きつけてみる。ふわふわね。
年下扱いはやめてくれたまえ!あたしはこれでも君たちのお姉さんだぞ。えへん、踏ん反りかえろうかと思っていたのにまたダメだ。ふわりと優しげに笑う優を見ていたら年上ですなんて威張れない。
やっぱり表情が大人なのは優の方だからだ。
何となくその笑顔にもつられ、だらしなく笑ってしまう。笑うようになった、トシが言っていた言葉をふいに思い出した。あたしの知る優はいつもこうやってふわりふわり笑っている表情の優。
互いに顔を見合わせながらもふわりふにゃり、だらしない顔で笑っていると廊下の奥から聞き慣れた声がーーーー。
「だからー、あれはあいつが勝手に夜中入ってきたんだよ!」
「またまたぁ。照れるんじゃねえよー可愛いねえ」
「ああ!?もううっせえなお前、これ以上喋んな!」
「やだー反抗期?兄ちゃん悲しくて泣いちゃう」
廊下から双子のうるさい声が聞こえてくる。ハっとしてあたしは慌ててソファーを周り、しゃがみこむようにして優とソファーの影に隠れた。