その間、呆然と立ち尽くしていたあたしはハっとして慌てて踵を返すように歩き出す。
優より先に帰って。それでいつも通り笑顔でおかえりって言おう。あたしちゃんと笑えるよね。今聞いた事、ここで見た事は無かったように出来るかな、出来ないと困る。
思考だけが先に進んでいくだけで、足は思考に着いてこない。早くこの場を去らなければと思うのに、一本道であるこの道を抜けきる前に後方でざわざわと聞こえていた談笑も足音もピタリとやんでいた。背中には刺さるような視線。
足を、止めざるを得ない状況になった。
「愛理ちゃん…」
信じられないとでも言いたそうな声が後ろからかかる。
あたしはノロノロと視線を肩ごしに背後に滑らせた。耐え切れなくて遅れるようにして体も後ろにおずおずと向ける。
しまった、こんな時こそ傘を使えば良かったんじゃなかろうか?傘で顔をしっかりと隠して何事も無かったように立ち去れば…いや今更遅いんだけど。
それぞれ皆、驚いたような表情をあたしに縫い止めてる。
何か言わなければ「や、やあ」とかどうだろうか。今たまたま偶然ここに来ちゃいました、そんな空気を作ってみるとか。
「愛理ちゃんいつからここに…」
駄目だ、優に先を越された。
これは隠しても無駄らしい。感念するように傘を肩に押し付けた。バシャバシャと降りしきる雨の中、そこに立つ皆は誰一人傘を差していない。濡れた髪から雨粒が止めどなく伝う。あたしよりもびっしょりと服は濡れていた。
「ちょっと前から…」
「…俺らの会話聞こえた?」
「…き…こえなっ」
「おい嘘つくんじゃねえよ。こっち見てもう一回言ってみろ」
翼が「あーいーりーちゃーん」低い声であたしを呼ぶ。自分では気づかぬうちに逸らしていた視線をそちらにゆっくりと持っていく。