「今日は奏多くんと会わないのかい?」

 「うん。家の手伝いがあるんだってさ。忙しそうにしてたよ」

 奏多の家の前を通ったらおじさんもおばさんも出たり入ったりを繰り返していた。忙しいのかな。
 
 奏多の姿はなかったし、声をかけるのはまた次でいいやと思った。

 どうせいつでも会える。明日もその先も。


 「そうか。もうすぐお盆だもんな」

 母さんの仏壇に目を向けるお父さんの穏やかな横顔は、母さんとの思い出を反芻しているようだった。

 わたしは見ない振りをしてシャツの端と端を合わせた。


 だって、母さんの話を出されるのはごめんだ。

 
 好きだったひとが大嫌いになった気持ちをわざわざ思い出したくない。

 改めて、傷つきたくない。

 思い出に傷つけられるなんて冗談じゃない。


 「そんな母さんみたいに綺麗に畳まなくていいんだぞ。母さんは、ピシッと畳まないと気が済まなかったからな。適当に置いといてくれ」

 だけどお父さんは母さんの話題を出す。

 こうやってさりげなく。

 日々の暮らしのなかでとても自然に。幾度も。

 まるで、わたしが母さんを忘れないように。