「夏希。ここを覗いてみろ」
「覗くってどうやって?」
突然、名前で呼ばれたことにも驚いたけれど、
「これ、池じゃない。わたしに顔を突っ込めっていうの?」
この男、大丈夫?
部屋の一角にある小さな池の前にわたしを連れてきた男は、当然と言わんばかりに頷く。
「池だと? ふん。これは記憶の泉だ。お前みたいに人の話が聞けない人間には、話すよりも見せた方が早いだろうと思ってな」
本来は記憶喪失の人間のためのものだが、とかなんとかぶつぶつ言っている。
「記憶の泉? なにそれ。嘘くさ」
わたしは笑った。
「それは自分で確かめるんだな」
皮肉をこめた男が躊躇いなくわたしの背中を押した。
「わっ!」
身体が前に倒れていく。
わたしはなす術もなく頭から池に突っ込んだ。
冷たくない。むしろ温かい。
ぶくぶくと音をたてる飛沫が走馬灯のように今までのわたしの人生を映し出した。