奏多は自嘲気味な笑みを見せたあと、
「……旅行前に悪いな、凛子」
と、顔を上げた。横顔が赤く染まって見えたのはこの夏の暑さのせいだ。
でも、わたしは、本当に少しだけ。少しだけ、胸が苦しかった。
「こないだ言ってた相談って、今ここで聞いてもいい? ナツもいるけどさ」
凛子はチラリとわたしを見た。
「もちろん……なっちゃんにも聞いてほしかったの。あの、ホントは、最初になっちゃんに話そうと思っててね」
「え? わたしに?」
凛子は静かに頷くと本殿からゆっくりとこちらに足を進めた。
ワンピースの裾を汚さないように折り込んでわたしと奏多の前に腰を降ろすと、辺りを見回す。
「どうした? 凛子」
奏多が聞く。わたしは凛子を見る。
用心深い猫のように周りに人がいないか確認すると、凛子が口を開いた。
「ピアノ教室のお友達から聞いたんだけど……例の通り魔事件……犯人の特徴によく似た男の人を、影森駅の近くで見かけたって、聞いて……」
「え。影森駅で?」
二両編成の電車は一時間に一本くるか来ないかの小さな駅。そこに鎮座するコインロッカーだってボロい。テレビで見たことある電子マネーなんか使えない。
わたし達だって普段滅多に利用しないのに、犯人はその駅で電車でも待っていたのだろうか。
「う、うん。それでね、みんなにも教えた方がいいって思ったの……陸は最近、悩んでたみたいだから、なかなか話しかけられなくて……それで」