羊ヶ丘公園の立て札が見える。

 事故の前、奏多とわたしがいた場所だ。

 どうしても話したいことがあると、前日に電話があったからだった。


 確か、最初は母さんが入院していた頃の話をされたと思う。
 
 なんで母さんの話をするのか、わたしが母さんの話をされることが嫌いだと知っているクセに、と。わたしは不機嫌になった。
 

 それから、奏多が……

 『言わなきゃいけないことがあるんだ』

 そう言ったんだ。

 でも結局、わたしが聞きたくなくて逃げてしまったわけだから、奏多が話したかった本当のことは、なんだったのかわからないや。


 「ナツ?」

 背中に聞こえたその声に振り返る。

 「あれ。奏多……? なんで、ここにいるの?」

 驚いた。そのはずみでわたしのまぬけな声が零れおちた。

 「腹減ったから、トキさんのとこでまんじゅう買ってきたんだよ」

 タンクトップから伸びた少したくましい腕を挙げて、茶色い紙袋をひょいと見せる。

 もうひとつのビニール袋には、奏多の好きなサイダーのラベルが見えた。

 「ナツも一緒に食べるか?」

 少し癖のある黒い髪。やんちゃそうな瞳。笑うと星が滲んだような笑窪が浮かぶ。


 奏多だ。

 奏多が目の前にいる。

 当たり前のことなのに、安心した気持ちに包まれる。


 「うん。食べる。お腹空いてたし……」

 自分が奏多のことをずっと見つめていたことに気づいて慌てて目を逸らし答えた。

 お腹が空いてるのはホントだけど。
  
 トモちゃんのカレーは、夕飯に食べよう。