最後の夏はよく泣いたなと思う。
今だってそう。涙が溢れてくる。
こんなに風に泣いたことは今まで一度だってない。
この夏が初めてだと思う。
いつもわたしは自分の心を守る。傷つかないために。
自分の殻で、あるいは檻に閉じ籠ってただなんとなく生きる。
周りの優しさなんかいらないし、優しくも出来ない。
自分が傷つかないことを常に優先する。それでいいと思っていた。
でも今、鬼丸の手が触れた瞬間、今までの自分が情けなくて悔しかった。からっぽだった。
「ありがとう。鬼丸」
「ふん。最後くらいもっとマシな呼び方が出来ないか」
眉を寄せる鬼丸にわたしはあるひとの顔を思い浮かべる。
「生きることを、諦めるなよ」
鬼丸の瞳の奥に強い生命を感じる。
生きることを諦めたくないと鬼丸自身が主張しているかのように。
「時正……」
記憶をなぞり、わたしがその名を口にする。
鬼丸の頬が微かに動いた。
「わたしに大切なことを教えてくれたひとだよ」
鬼丸の瞳が大きく開かれる。
「いい名前だな……」
懐かしむように噛み締めた鬼丸。
合っているかなんてわからないけど、きっとその名前があなたにはピッタリだと思う。
優しさを灯した瞳にわたしは大きく頷いた。
「ありがとう」