まだふらふらしそうな足を踏ん張って一歩踏み出す。
ふと影が出来る。
視界のなかから奏多の姿が一瞬で消えた。
ドンッ、という衝撃音とほぼ同時、わたしは誰かの身体にぶつかった。
いや……違う。ぶつかってこられた……?
声にならない声が喉に詰まる。
ワイシャツを着た男だったと思う。
サラリーマンだろうか。
わたしは、すみません、と口にしようとした謝罪の声が出なかった。
身体中に稲妻が駆け巡ったように動けなかった。
「いいえ」
と、男はわたしの心を読み取ったように微笑んだ。
見下ろすような薄っぺらい笑み。
男は三日月のように目を細くして、わたしから身体を離す。
そのとき、口を開けて短く笑った。
ねっとりとした気味の悪い笑みに首の後ろがざらりと粟立つ。
まぬけなことに、その男には前歯がなかった。
「あっ……」
わたしは声を凍らせた。
目の周りがぐるぐるして気持ち悪い。
とても立っていらない。
ぐらり、と身体ごと崩れていく。