「夏希」

 わたしが振り返ると鬼丸は言った。

 「いつどこでなにが起きるかわからない。だから、時間を無駄にするな」

 力強い口調だった。

 「もう何回も聞いたよ」

 「大切なものを見落とすのは一瞬だ。お前はまだそれを知らない」

 鬼丸がなにを言いたいのかわからない。

 けど、わたしがなにかを見落としてると言いたいのか。


 「さぁ、行け」 


 揺るぎない意思をこめた瞳に背中を押された。
  

 わたしは扉を開く。古くて重い扉を。


 最後の夏へと一歩を踏み出すために。